第27話「そうですねぇ……」

 食事を食べ終わり、夜伽の候補者に選ばれた女性達は部屋に戻ると身なりを整え始める。

 これ以上ここにいても話は聞けないだろう、と申助は戌二達のいる小屋へと戻ろうとした。


「ここにいたのか」


 申助の頭に鳥の足の感触がする。梟になった国主が立っていた。カラスでは夜目が聞かないから変身したのだろう。


「心配したんだぞ! 振り返ったらお前がいなくなっていたんだから!」


「あ……、悪かったです」


 国主は怒っているようだった。当たり前だろう。申助は反省の意を込めて項垂れる。


「なんか、中で夜伽をする人を決めているみたいで……、最終的に五人ずつ、全部で十人選ばれたみたいで……」


 ぽつぽつと中で聞いた事柄を話す。国主は嫌そうな顔をした。


「生涯で一柱としか番わない犬神相手に夜伽とは、随分なやり方だな」


「でも、性欲自体はあるんだし、他の生き物に興奮しないわけじゃないんじゃないですか? いっぺんに複数とするのが嫌なら一人を指名したらいいんだし」


「うーん……。しかし、犬神族で不倫とか浮気とかいう話は全く聞かないがなぁ」


 国主は翼を手のように顎に当てて考え込んでいる。


「話を聞いていたら、他の神にもこうして接待をしたというような事を言っていたし、毎回同じようにしているんじゃないですか?」


 女の一人が今回は、と言っていた。今回があるなら前回があったはずである。手慣れている様子から、少なくとも一回ではないことが推察出来た。


「杜撰だなぁ……」


 足音がして申助が振り返る。

 遠くで女が数人、浮かれきった声で話しながら神殿へ向かって歩いて行っていた。先程よりも上等な着物に着替え、顔に化粧が施されている事から彼女達が選ばれた娘だろうとわかる。


「ついていって偵察しましょう!」


 申助は走り出す。その頭上にまたも国主が乗っかってきた。


「ちょっと待て。少しでいいから落ち着け」



「……でも」



「偵察をしないと言っているわけじゃない」


 国主の言葉に申助は立ち止まる。


「ただな、先程外で話を聞こうとしてみたら、中からは声がほぼ聞こえなかった。よく見たら神殿自体に結界が貼ってあるようだな」


「そうなんですか?」


 先程女性達が話していた内容を思い出す。神殿の中に入ったら戌二達が見えた、と言っていたし、やはり新たにあの神殿に何らかの力が働いているのだろう。


「国主様でも突破できない結界ですか?」


「突破したら誰かが侵入しているのがバレるだろう」


 確かに。申助は頷いた。


「しかし、堂々と入口から中に入るぶんには問題がないようだな」


「そうなんですね!」


「だから申助、お前、女に成り代わって中に入ってこい」


「え」


 申助は目を丸くする。


「どうせ戌二のことだ。相手の顔を立てて断れずに適当なやつを選んで茶を濁すだろう。戌太郎なら断るかもしれないが、万が一ということもある。その点お前だったら戌二と夫婦なんだから安心だろう。大丈夫だ。俺もネズミになって一緒に中に入ってやるから」


「え……、それなら国主様も一緒に人間の姿になって入ってくれれば……」


「全員が選ばれなかった場合、お前は出ていかざるを得ないだろ? ネズミになって入っておけば、仮にお前が選ばれなかったり、誰も選ばれなかった時でも残ることはできるからな」


 申助は唇を尖らせる。

 万が一を考えたくないが、確かに戌二の性格を考えるとそちらのほうがいいのかもしれない。自分もネズミになって入っていたとして、夜伽の女性を指名する戌二も見たくない。

 

 国主は申助の覚悟が決まったのを見て取ると、さっそく最後尾の女性に近付き、彼女を昏倒させると申助を人間に戻し、彼女の姿に変装させた。

 

 門番にニヤニヤと目配せをされながらも申助達が神殿の中に入ると、中には戌太郎と戌二、それから五郎に兵衛に御霊之神と並んでいた。女達は戌太郎と戌二の顔を見て色めき立つ。

 五郎が悪代官のような笑顔で「これこれ」とたしなめていた。

 

 申助は最後尾に位置しており、申助の足元に紛れて国主も中に入り、隅の方に避難していた。変装はしているが、不安だったので前髪で顔を隠す。五郎達にバレるのではないかと思ったが、彼らは三十人以上もいる女性達の顔を把握はしていても化粧をしている姿まではわからなかったようで、申助を見ても何も言わなかった。


「皆、犬神様達があまりにも美しい容姿をしているものですから嬉しいようです」


 五郎のお世辞に戌太郎が返す。


「おや、それは喜ばしいことを言ってくれますね」


 戌二は、と見ると、彼と視線が交差した。一瞬目を見開き、それから苛立たしげに細められる。見破られているようだった。

 怒っている。

 思うが、申助も怒っている。じとり、と睨み返してやった。


「この子達は?」


 戌太郎が尋ねる。

 これにも五郎が答えた。


「はい。せっかく遠いところへ遥々お越しくださったのです。今宵一晩だけでも楽しんでもらおうと思い用意いたしました。どうぞ好きな子をお選びください。なんなら全員でも大丈夫です」


 これで、他の神々は喜ぶのだろうかと申助は思うが、少なくとも猿神族ならば大喜びで乗るだろうな、と考え直す。猿神族は貞操観念が低い上に他種族と交わることに対して抵抗が少ない。普段交われない人間相手であれば試してみようと思っても不思議ではなかった。

 

 女達は我こそが選ばれようと笑顔で座っている。

 俺を選べ、と念を送っていたら、戌二は少し考える素振りをし、それから右端の女性を見つめた。


「では、彼女を」


「っ!?」


 あと少しで叫ぶところだった。

 隅のほうでちゅ、と鳴く声がすることから国主も意外だったのだろう。

 どういうことだ、と戌二を睨むが戌二は申助の方を見ようともせずに真剣な顔をして彼女を見つめていた。

 

 じくじくと胸が痛む。

 

 何が一生に一人としか番わない、だ。何が一途だ、と奥歯を噛みしめる。

 とはいえ申助と戌二は番というわけではない。申助は子供が産めない。種族が違うし、そもそも男である。とはいえ、何度もまぐわった相手にこの塩対応はないのではないか。

 

 しかし、毎回薬やら発情期やらで申助が抱くように求めていた。戌二から誘われた事は一度もない。じくじくと胸が痛む。視界が滲んだ。考えてみたら当たり前のことである。契約結婚で、愛はないのだから。なのにそれが酷く苦い。やはり女性のほうがいいのだろうか。

 そんな申助の気持ちをよそに、五郎はパン、と手を叩いた。


「なるほど! お目が高い! ぜひぜひどうぞ。彼女も喜んでおります。では、戌太郎様はいかがなさいますか?」


 選ばれなかった他の女達は今度こそ、と戌太郎を熱心に見つめる。

 申助は血管が出るほどに手を握り、俯いていた。


「そうですねぇ……」


 戌太郎は立ち上がり、申助の方へと近付いていく。


「では、この方を」


 指名され、申助は驚いて戌太郎を見る。彼はいつもの感情の読めない恵比寿顔で笑って申助の腕を掴んでいた。他の女から落胆のため息が落とされる。


「そうですか! はい! ぜひぜひ! それでは各方の今晩泊まられる部屋に案内をさせていただきます」


 釣れた、と思ったのだろう、三人の男は薄暗く微笑む。

 弟の嫁に対してどういうつもりだろう、と思ったが、きっと戌太郎は自分が誰か見抜いた上で助けてくれているのだろうと申助は考え直した。

 

 横目で戌二を見る。彼は苛立たしそうな目をして二人を見つめていた。

 なんだその顔は。

 申助も睨み返す。お前が自分を選ばなかったからだ、と思うが、五郎の言葉を聞いた次の瞬間、怒りは吹き飛んでいた。


「それでは戌二様を先に案内させていただきます。さ、トメ。お前も来なさい」


 申助は女の方を振り向く。彼女が治郎兵衛の探していた嫁、トメだったのだ。

 年の頃は二十代手前くらいだろうか、けして派手な顔ではないが、優しそうな眉と大きくてくりくりとした瞳、小さな口が印象的だった。


「はい」


 トメは嬉しそうに微笑み立ち上がる。楚々として大人しそうな立ち居振る舞いだった。

 だから戌二は彼女を指名したのか、と納得する。匂いでわかったのだろう。残念ながら申助の鼻は先程長屋に行き、充満した大麻の香りで馬鹿になっていたようだった。

 

 なんだ。申助はホっとする。戌二は従来の目的を果たそうとしてくれていたのだ。申助の心の暗雲が霧散する。

 よくやった、という意図を込めて戌二の方を見ると、彼はいまだ怒りの籠もった瞳で申助の方を見、立ち上がってトメと一緒に出ていったのだった。



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