第26話「ふぅん、皆幸せそうにしてんなぁ」

 走れば一刻かかる距離でも飛んで行けばあっという間である。

 国主と申助は戌二達が到着する前に集落に辿りついた。まだ日は中空に差し掛かっておらず、女性達の農作業をする姿が見える。


「あれが、富士楽か?」


 一度木の上に止まり、国主は尋ねる。

 申助は国主の背中によじ登った。足で掴まれているのは体が痺れてきたからだ。


「そうです」


「ふぅん、皆幸せそうにしてんなぁ」


 やはりそう思うのか、と申助も下の様子を見る。

 特に昨日治郎兵衛の村に行った時、あの村の女性はこんなに楽しそうにはしていなかった。複雑な気持ちになる。彼女達が薬で思考能力が奪われている状態になっているとはいえ、やはり笑顔で暮らせるのはいい事ではないかと考えてしまう。


「畑は……、あそこらへんか。ん? でも桑やカボチャや芋ばかりで麻っぽい植物はないな?」


「あぁ……。戌二が裏の方にあるって言っていたような……」


「裏か……」


 国主は申助に捕まっているように告げると再び空に舞う。この頃には空を飛ぶことに対しての憧れは無くなっており、ただ重力と風による気持ち悪さに耐えるようになっていた。

 

 集落の裏手には滝が流れており、その下のあたりに麻のような植物の畑があった。

 この事だろうか、と近寄り匂いをかぐ。甘ったるい匂いはまさに以前集落で粥や香からただよってきたものだった。


「よし、じゃあこれを取ったら帰るぞ」


「え!? なんでですか!?」


「なんでって……、危ないだろう? いつまでもここにいるのは」


 さも当然とばかりに国主が申助を見る。


「嫌です! せめて戌二が無事に帰るところまで見届けたいです!」


 ぎゅう、と国主の脚を引っ張る。痛そうに国主はバサバサと上下に揺れた。


「ああもう、わかった、わかったから!」


 降参をするように国主は叫び、申助を連れて入り口の方へと飛んでいく。相変わらず彼は弟分に弱い。

 門の近くの木の上に飛び乗り、申助を下ろし元の大きさに戻す。外から見たらただの野生の猿とカラスであるからして、誰も気にしないだろう。他者に術をかけ続けるのは疲れるようで、国主はうん、と背伸びをしていた。

 

 それから更に待ち、日が沈んできたので国主は梟へと姿を変える。

 周囲が朱色に染まる時間になってやっと戌二達は到着したのだった。









 籠から降ろされた戌二と戌太郎はまずは神殿へと通される。お付きの者達は別の棟へと通されていた。今回は送り犬とのっぺらぼうが二匹ずつお供しているようだった。

 神殿とはいっても、以前あの三人がいた朱塗りの部屋である。

 

 申助達も屋根の方に移動する。とっぷりと日が沈んでいるので野生の猿やカラスが屋根の上に登っても誰も気が付かないようだった。

 

 人払いをしたようで中から数人の女性達が出てきた。彼女は神殿から離れると、嬉しそうにお互いの手を叩く。


「ねぇ! なかなかの美男子じゃない!」


「こりゃきっと争奪戦だね!」


 彼女達の言葉に申助は反応する。

 どういうことだ、と思い屋根から降りるとそっと彼女達の後ろをついていった。


「アンタはどっちの男がいい?」


「えー、どっちもかっこいいけど、私は髪の短い方! ずっとニコニコしていて優しくしてくれそう!」


「私は髪が長い方! 物静かで落ち着いていて素敵だわ!」


 戌太郎は髪を首筋で刈り上げており、戌二に比べて髪が短い。前者は戌太郎のことで、後者は戌二だろう。む、と申助は胃のあたりがむかむかした。

 しかし、何故人間である彼女達が犬神族の彼らの姿を認識しているのだろう。まるでその疑問に答えるかのように彼女達は話を続けた。


「それにしても、不思議だねぇ。神様達、籠から出た時には影も形も見えなかったのに、あの神殿の中に入ったら姿を現したんだから」


「やっぱり、神様っていうのはいるもんなんだねぇ」


「ここに来なければ、一生見ることが叶わなかったろうね」


 笑いながら彼女達は長屋へと戻る。

 

 何の力かわからないが、今、あの神殿の中では人間も神と一緒の空間でお互いに意思疎通が出来るようだった。以前申助がお守りを取った時には御霊之神達は申助の姿を認識出来なかったので、誰かがそういう呪術を施したのだろう。

 

 中には入らず木戸の前に置いてある水がめに紛れて息を潜め彼女達の話を聞く。また人間の姿に戻って呪符を体から離せば中に入れるだろうが、その場合裸なので抵抗があった。幸い彼女達は玄関近くに立ち止まり、話に花を咲かせている。

 また一人、女性が戻ってきた。彼女達は女のもとに駆け寄る。


「騒がしいねぇ」


 年配の女性だった。年の頃はキヌと同じぐらいだろうか。キヌよりも背が低く、着ている物も一際上等だった。


「巫女様! ねぇ、私、今回は夜伽の相手をしたいです!」


「私もです!」


 我も我もと集まっていた女達が主張する。

 今夜伽と言ったか? 申助は我が耳を疑った。


「犬神様は随分と人気があるみたいだねぇ」


 はは、と巫女と呼ばれた年配の女は豪快に笑う。


「御霊之神様からは、とりあえず五人ずつ、あわせて十人用意しろとのことだよ。さぁ、志願者は手を上げて」


 その場にいた女性達ほぼ全員が手を上げる。

 くじを引いて勝者が夜伽の席に参列することが許されたのだった。



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