第22話「何故わざわざ私たちのいた犬神族の神社に祈りに来たのだろう、と」

 聞き終えた国主と須久那は険しい顔をしていた。


「なるほど……。薬で思考能力を奪って女性を惑わして慰みものにするだなんて、なんて卑怯な男達なの!」


 須久那が悔しそうに畳を叩く。全くその通りだと思っていたので申助も頷く。国主が首を傾げた。


「その割には規模が大きくないか? 女は全部で三十人以上いたんだろう? 一人ずつ一晩抱いていくとしても全部で一月はかかる計算になる」


「一晩でいっぺんに沢山抱いていたんじゃないの? 乱交っていうんだっけ? そういう趣味の男の人もいるでしょ」


 須久那は唇を尖らせる。気まずそうに国主は咳払いをした。


「それでも三十人は多いだろう。一般的な成人男性の射精なんて一晩に一回、二回が限度だ」


「うーん、まぁ、そうだね」


 須久那が腕を組む。

 なんて会話をしているのだ。申助はいたたまれなくなる。幼い頃から知っている兄貴分、姉貴分のこんな会話は聞いていてソワソワしてしまう。きっと昨日の彼女達もこんな心境だったのだろう、と申助は考えた。


「その薬を売っているという可能性はありませんか? 富士楽では食物の他に先程須久那様が仰ってた麻のような植物の畑もありました。薬の栽培の為の労働力として女性達が集っているという事も考えられませんか?」


 戌二が尋ねる。申助を探しながら村の隅々まで観察していたのだろう。


「規模を見てみないとわからないけど、どうだろうねぇ。この辺りで大麻が出回っているという話は流れてきた?」


 須久那は国主の方を見る。彼は頭を横に降った。


「いや、少なくともここに来ている妖怪や神々達からはそんな話は聞いたことがない」


「だよねぇ。私もない。京や江戸ならそういう話はあるのかなぁ。とはいえ、元々大麻は嗜好品として麻農家では嗜まれているようだし、症状があるにしてもその薬のせいかは分かりづらいね。とはいえ、産業のために人手が必要かもしれないというのは納得できる話だね。桑があるというなら養蚕を営んでいる可能性もあるし」


 戌二が顎に手を当てる。


「女の人たちに話を聞き出せればいいのでしょうが、申助の話だとあまり当てになりそうにありませんね。御霊之神とやらの教えを真に受けているようですから」


 申助も記憶を反芻し口を開く。


「あちらで話を聞いた娘の一人が、この集落では男は死んだ状態でしか生まれないと言っていました。普通なら誰かが殺しているのだと勘ぐるものだと思うのですが、疑問にも思っていないようです」


「それは、徹底しているねぇ」


 この場で生物学上の女性は須久那一人である。彼女は何か思うところがあるのか、御霊之神が申助たちに語った話をしている時はとても真剣な顔をしていた。


「考えないようにしているのか、本当に考えられないのか、考えようとしたら脳が拒否するように洗脳を受けたのか」


 須久那が呟く。申助は首を傾げた。


「洗脳?」


「人間の脳は案外簡単に考え方を変えられるらしいんだよ。私はやったことがないからどこまで本当かはわからないけれどね」


 須久那は苦笑をし、机の上に置いてあった薬を手に取る。


「この薬を使って思考能力を奪うことで、五郎、だっけ? その人の言葉を鵜呑みにするようになる。だから、洗脳の一環として『子供は女しか生まれない』と教え込めばそれを真理だと捉えるようになる」


 ぞ、と悪寒がした。確かに、薬を無理やり飲まされた状態では五郎の話に対して心の防御機能が働いていなかったように思える。言われるがままに戌二のことを気持ち悪いと思い、御霊之神のことを愛していると錯覚してしまった。


「あの……、もし洗脳をされてしまった場合、薬とかで元に戻せないのでしょうか」


 尋ねると、須久那は腕を組んだ。


「うーん……。薬が大麻だった場合、治療方法は再び接種させないで時間を置く事以外ないんだよね。何かの術だったらどうかはわからないけど」


「では、富士楽の中に治郎兵衛の嫁がいた場合は、救い出してしばらく何処かに閉じ込めるしかないのでしょうか」


 今度は戌二が口を開く。中空を見て須久那は唇に人差し指を当てた。


「まぁ、それが一般的な治療方法だよね」


「……そうですか」


 戌二は何かを考える素振りをする。そして、申助に視線を移し尋ねた。


「富士楽の女たちは村に戻りたいとは考えていなかったんだよな?」


 申助は頷いた。少なくとも、申助が会った女性達は共同体に対して誇りを持っていた。


「でも、洗脳されているからそう思うのかもしれないし」


「……そうか」


 戌二は黙って床を見ていた。


「どうしたんだ?」


 国主が尋ねる。戌二は兄貴分の方に視線を向けた。


「いえ……。申助に今回の話を持ってきた治郎兵衛は、何故わざわざ私たちのいた犬神族の神社に祈りに来たのだろう、と」


「……何故って、一番近かったからじゃないのか?」


「一番近かった村は今は廃村になってしまっています。次に近い村は村の中に稲荷の神社があるのです。他の村々にも多くの確率で稲荷の祠が入っておりました。なので、わざわざこちらにまで来るのには理由があるのでは、と思ったのです」


 そう言えば、申助が発情期になった際の神社探しの間に戌二は犬神族の祠は潰され稲荷の祠になっていた、と語っていた。

 国主は腕を組む。更に戌二は続けた。


「あの集落にも稲荷の特徴である連ねた鳥居がありました。ですので、何か関係があるのでは、と思ったのです」


「なるほどな」


「なら、次郎兵衛の所に聞きに行ってみようぜ」


 申助が戌二に言う。国主が首を傾げた。


「聞きに行く? 人間に言葉が通じるのか?」


「はい。この呪符の力だと思うのですが……」


 申助は持っていたお守り袋から呪符を取り出した。この呪符を外せば御霊之神達は姿が見えなくなっていたようなのでまず間違いはないだろう。国主が受け取り、折りたたまれたそれを開く。


「ふむ……。なるほど」


 国主は描いてある模様を辿りながら何かを納得しているようだった。


「これは一度妖怪にすることで術を効き安くさせて、錯視の術を付加して女に見せている呪符のようだ。……つまり、この呪符が効いている時、お前は一時的に神ではなく妖怪になっているということだ」


「妖怪!?」


 申助は目を丸くする。戌二は国主の横に回り呪符を覗き込んでいた。

 氏子が少なくなった神は妖怪や怨霊に神格が下げられる。妖怪になると人間と神を繋ぐ中間の存在になり、人間に姿を認識され、話をする事が出来るようになるのだとか。


「嘘だろ……。俺、妖怪になっていたのかよ」


「一時的にだがな。別に、使っていたらいつか妖怪になるというものではないし、これからも安心して首から下げておける」


 国主は再び紙を畳むと申助に返してきた。

 何となく複雑な気持ちになりながら申助は受け取る。神が妖怪になるのはけして喜ばしいものではない。


「とりあえず、治郎兵衛とやらと話す事が出来るなら聞いてみるのもいいだろうな。俺の方でも色んな神や妖怪に話してみるよ」


「そうだね。私も引き続き薬の分析をするよ。もし何か進展があったら犬神族のほうに使いを飛ばすから」


 二柱は笑って協力を申し出てくれた。

 話し終わる頃にはすっかり昼の時間になっていたので、昼飯まで頂いて申助達は国主と須久那の神域を去ったのだった。



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