第21話「須久那……、落ち着け」

 気がついたら、朝になっていた。ちゅんちゅんと雀の鳴き声が遠くで聞こえる。

 申助は戌二の体の上で眠っていた。騎乗位で達したあとそのまま寝入ってしまったようだ。中には未だ戌二のものが入っている。流石にもう大丈夫か、と申助は膝立ちになり、体から戌二のモノを引き抜く。

 その感触で戌二が目を覚ました。彼は眠そうに目を細めている。一晩中入ったままだったからだろうか、申助の孔は開いたまま、戌二の出した精液がとろりと溢れだす。

 それを至近距離で見た戌二はゴクリと唾液を嚥下した。


「……さすがにもうしねーからな」


 申助は立ち上がると服を着込み、換気のために障子を開ける。昨日の火照りはすっかり抜けていた。外の廊下を見ると冷めきった粥が置かれており、あ、と申助は息を呑む。

 そういえば昨日国主が粥を用意してくれると言っていた。恐る恐る粥の乗った盆を手に取る。手紙がついていた。


“終わったら食べてくれ 国主”


「うわぁああああああああああ」


 申助はその場に蹲る。バレてしまったし昨日の会話を聞かれた可能性すらある。後ろから近寄ってきた戌二が国主からの手紙を取り読む。視線を粥に戻すと、もう一枚紙片が折りたたまれて置かれている事に気がついた。開けると、女性の可愛らしい文字が姿を現す。


“行灯に使う菜種油は体に優しくないから終わったら洗い流しておいたほうがいいよ。事前に言っておいてくれれば香油を用意するので次回からはそちらを使ってね。須久那”


「そうなのか……」


 戌二が呟く。申助はもう叫ぶ事もできず襲いくる羞恥に耐えていた。

 

 





 湯を浴びて朝食を食べ終えた所で、話があるから来るようにと一反木綿に国主と須久那のいる居室へと連れて行かれた。須久那と国主は戌二と申助の顔を見ると朗らかに微笑む。以前と変わらない様子に、申助は胸を撫でおろした。けれど緊張は消えてくれない。カチコチにかたまった体を動かして室内に入った。


 部屋には畳が敷いてあり、中央に火鉢と机が置かれていた。机の上には申助が持ち帰った薬包と須久那の雑記が散らかっている。二人は須久那に向かい合うように置いてあった座布団に座るように促された。彼らの隣に国主も座り茶を出してくれる。


「分析した所、どうやらこの薬は大麻から作られているようだね。症状としては思考能力を奪ったり、不安な気持ちにさせたりするみたい。継続して投与することで心を操っていたんだろうね。でも、私の知っている大麻だと即効性はないはずだから、大麻に似た別の植物から作られたのかな」


 須久那は手元の紙を見ながら淡々と話す。何でもないような顔をしている戌二と対照的に元々赤い顔をこれ以上はないくらいに染めた申助は須久那の話を右から左に聞き流していた。

 視線を上げ、くす、と須久那は笑う。


「申助、そんなにかたくなっていたらこっちが緊張しちゃうよ」


「いえ! あの、ですね!」


 子供の頃から申助は彼女に弱い。医者であり、病気の時に治してもらった恩もあるが、それ以上に彼女の人好きのする雰囲気は柔らかいのに芯があり、笑って話しかけられると何でも言う事を聞きたくなるのだった。そんな彼女に昨日のことはどこまで知っているのかと聞くのも憚られ、こうして挙動不審な態度を取ってしまっている。


「大丈夫。君たちの仲については祝福しているよ。昨日はちょっと驚いたけど、薬に催淫作用もあったようだし、戌二が助けてくれたんだよね。そもそも君達は婚姻をしている訳なんだし、何もおかしいことじゃないよ」


 和やかにそう言うと須久那は机の上の茶に手を伸ばす。よく見たらその手は震えていた。

 バシャッ。

 湯呑を掴みそこねて机から落とし中身をこぼしてしまう。畳に染み込んでいく笹の葉茶を彼らは黙って見つめていた。少しの沈黙が落ちる。


「須久那……、落ち着け」


 国主が須久那へと近寄り耳打ちをした。申し訳ないけれど聞こえている。かあ、と須久那の頬が紅潮し、国主もつられて赤面する。須久那はその場に突っ伏した。


「ごめんなさい……。私としては今まで通り接したいし、君たちが番おうが結婚しようが大切な友人であることには変わりないんだけど、どうしても子供の頃の可愛い幻影が頭から離れてくれなくて!」


 国主は困った顔をして須久那の背中を撫でる。正確には結婚はしているが恋人でもないし番でもない。けれどそれを言ってしまったら二人は更に混乱するだろうと思い申助は黙っておいた。


「おい、須久那……、頑張れ。昨日一刻くらいかけて話し合っただろ? 今まで通り接しようって」


 一刻(現在の時間で約二時間)も話し合っていたのか。申助は頬を冷や汗が流れていくのを感じた。


「何よ! 国主だって昨日散々“いつまでも小さいままでいてほしかった”とか言ってへこんでたくせに!」


 叫ぶように須久那が返す。そうなのか、と国主を見ると、彼はう、と言葉に詰まっていた。気まずそうに申助と戌二の方を見る。彼らに一番世話になっていた年齢は五歳前後だったので、その頃の姿をこの夫婦は一番記憶しているのだろう。


「すまない……。あの小さくて可愛かったお前たちが大人の階段を登っているだなんて、もうどうしていいか……。赤飯か? 俺たちは赤飯を炊けばよかったのか?」


「でも、特別なことをしたら申助が恥ずかしがるだろうから、いつも通り接しようと話しあって決めたの! もし赤飯が欲しいようだったら今からでも作るから遠慮せずに言って!」


 自分達以上に照れている、自分達の数倍の時間を生きている神々が暴走している様子を見ていると申助は冷静になってきた。戌二なんかは「赤飯はそんなに好きじゃない」と罰当たりな事を呟いている。


「悪かった。俺が盛ってしまったから……」


 申助は両手を床について頭を下げる。


「いや! 薬には催淫効果があったんだからそれは仕方がない事だよ! むしろ私の方も香油なり通和散なりを用意しておけばよかったんだよね!?」


 通和散とは口に含んで唾液でふやかしたらトロトロの液体になるというもので、主に濡れにくい男性同士や、初めての女性との性交に使われるものだった。それを女神である彼女に用意されてはいたたまれなくて使うどころじゃない。混乱した頭でどう断ろうかとあたふたしていると、戌二が口を開いた。


「このままじゃ話が進まないので薬の薬効成分について話を戻してくれませんか」


 相変わらず冷静な男である。いつもなら澄ました彼の態度が気に入らないところだったが、今はありがたい。


「あ、うん、そうだね」


 ハっとしたように須久那も真面目な顔に戻る。まだ彼女の頬は赤かった。


「えっと、それで、昨日の申助の状況を見るに、時間が経てば戻るらしいけれど、続けていれば中毒症状が出てくるから、むしろ自分から薬物を接種しに行く事になるだろうね」


「ああ……」


 申助は食事の時の女性達を思い出す。

 まるで獣のようだった。あれは、中毒を引き起こし、体が食事を求めてしまっている状態だったのか。

 申助は眉根にシワを作る。人間を何だと思っているのだ。皆平等だとか言っていたくせに、薬を使って支配している。国主は真剣な表情になった。


「申助。その集落で何があったかを話してくれないか? 出来る限り詳細に」


 申助は頷く。

 そして、治郎兵衛の話から赤ん坊の遺体を見つけたこと、御霊之神と呼ばれる男とお供の男二名以外は女性しかいない富士楽と呼ばれる集落に潜入したことを語って聞かせた。

 申助は要領よく話すのは得意ではない。話がとっ散らかり、あっちへ飛んだりこっちへ戻ったりとしたが、戌二が軌道修正をし、補足をしてくれたのでなんとか最後まで話し終える事が出来たのだった。

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