第19話「……なるほど。まるで理想郷だな」

 次に申助が目を覚ますと、木の天井が広がっていた。酷く懐かしい感じがする。

 まだ体は熱い。頭が重い。周囲を見回すと布団の上に寝転がらされており、男が見下ろしていた。 


「起きたか?」


 幼い頃から世話になっている神の国主クニヌシだった。

 年の頃は二十代半ばに見える彼は、申助が生まれるよりもずっと前からこの世界に存在しているという。周囲の国々における神の中では一番力が強く、敬われ尊敬されていた。けれど驕り高ぶったところはなく、誰にでも気さくに話してくれるので神や妖怪のほとんどは彼を好きだった。


「クニヌシ様……?」


 寝転がったまま国主を見上げると、反対側から心配そうな顔をした戌二が覗いてきた。耳がペタンと垂れ、眉尻を下げ、口をヘの字に曲げた戌二の顔は申助の身を案じていることが見て取れた。

 こいつでもこんな顔が出来るんだな。申助は目を丸くした。

 わしわしと国主が頭を撫でてくる。冷たい手が気持ちよくて目を瞑った。もっと触ってほしいと思ってしまう。下半身がじくじくと疼く。薬が抜けていないのだろう。

 感触からしてどうやら自分は転変しているようだと両手を見る。やはり猿の手だった。お守りもなくなっており、視線で探すと枕元に衣服と一緒に置かれていた。


「体力を使い果たしたんだろうな。お前は戌二の背中に乗って猿の姿で現れたんだ」


 戌二の方はというと、人間の姿に戻っている。猿の姿のほうが体力の消費が抑えられるからと無意識に転変していたのだろう。


「今、須久那がお前が持ってきた薬の分析をしている。とりあえずお前には鎮静薬を飲ませているが、あまり効いてはいないようだな」


 きゅう、と申助は項垂れる。心臓がドクドクとうるさい。発情期のように誰かに抱きしめて欲しくて仕方がなかった。


「とにかく目が覚めたらならよかったよ。待ってな。今、粥を持ってきてやるからな」


 嬉しそうに笑うと国主は立ち上がり、外へ出ていった。戌二と申助が取り残される。申助は一度布団に潜ると転変し、男の姿に戻った。


「……悪い。助かった」


「……ん」


 戌二は目を伏せる。長い睫毛が彼の瞳に影を落とした。


「なんでお前はあそこにいたんだ?」


「中々戻ってこないから心配した。あの通用口を見つけて、中に入って匂いを辿っていたらあの小屋についた」


 そこで、中から申助の声がして遠吠えをしたところ、助けてと聞こえたから押し入ったのだ、と説明された。


「そうか……。ありがとうな」


 返すと戌二はじっと申助を見る。どこか責めているような瞳だった。


「お前、本当にあいつの事が好きなのか?」


「あいつ?」


「御霊之神とか言う、あいつだ」


 聞かれていたのか。一連の事が思い出され、ぞわりと鳥肌が立つ。


「んなわけねえだろ! あいつ、マジあいつ……、くっそ、絶対に許さねぇ!」


 だん、と布団を叩く。いいようにされた事がただただ悔しかった。戌二が入ってこなければ、あの三人に喜んで犯されていたかもしれないと思うとぞっとする。

 戌二は眉を潜めた。


「どういう事だ」


「あの野郎、薬で意識を朦朧とさせて、言葉で考え方を書き換えるんだよ。多かれ少なかれ、女性なら誰もが持っているであろう不満を言って、さも言い当てました、私達は貴方のことをわかっていますみたいな顔をしてよ!」


 申助は腹立たしくて何度も布団を叩く。


「女性なら誰もが持っているであろう不満?」


「男とまぐわうのが嫌だとか、家族で階級があるのはおかしいとか、親同士の決めた結婚が不満だとか、生まれ持った性別で差別されるのはおかしいとか!」


 御霊之神の蛇のような瞳を思い出す。ぞわぞわと全身に鳥肌が立った。


「で、薬飲まされて何も考えられなくなって、アイツを好きだって言っちまったんだよ」


 戌二が目を伏せる。


「……なるほど。まるで理想郷だな」


「ん?」


 申助は首を傾げる。戌二は淡々と続けた。


「差別されたり、抑圧されて嬉しいやつはいない。けれど、性別だったり生まれた順番で序列をつけることは神にも人にも行われる。あいつらの言葉は被差別者からすると縋りつきたいほど幸せな言葉かもしれないな、って」


 申助は戌二をまじまじと見る。彼は十二番目に生まれた。おかげでひたすら長男の補佐をする役目しか与えられず、無気力な性格に育った。思うところがあるのだろう。

 面白くなくて申助は唇を尖らせる。


「でも、あいつら、無理やり体を興奮させて、御霊之神を好きだと思わせようとした」


 こくりと戌二は頷く。


「確かに、そこは俺もダメだと思った。……軒下でお前の声を聞いていて、鳥肌が立った」


 無理やり接吻をされたことを思い出し、申助は盛大に顔をしかめた。御霊之神に触られた所全てが気持ち悪い。

 じ、と申助は戌二の顔を見つめる。白い満月のような瞳は潤み、伏せられていた。長い睫毛が影を落としている様子は艶めかしい。迷子のような表情だった。申助は手を伸ばし、彼の頬を掴むと口付ける。ドクドクとうるさいほどに心臓が脈動し、体中が熱かった。彼に触れられたかった。御霊之神の感触を上書きして欲しい。


「……何」


 戌二は目を見開く。心の底から不思議そうな顔に、やってしまったと思った。けれど今更なかった事に出来ない。その上、薬のせいで体は発情期のように火照っている。


「ヤリたい」


 申助は戌二の肩を掴むとベッドに引き倒し、自分は彼の足の間に座る。


「なぁ、ヤらせてくれよ」


 戌二は目を丸くした。申助は手で戌二の体を弄って、陰茎に布の上から手を這わせた。


「これ入れてくれよ。さっきから体が疼いて仕方ねーんだよ」


 発情期の間散々中で達する快楽を教え込まれた体は射精よりも中イキを求めてしまっている。体の中が熱く、すぐにでも戌二の肉棒を入れてほしくてたまらないのだ。


「……いいのか?」


 戌二の耳がピンと立つ。


「ダメなのか? 今、男の姿に見えてるんだっけ? 萎えるか? 女の姿の方がいい?」


 申助はちらりとお守り袋を見る。戌二は首を振った。


「ダメじゃない」


 申助は両手で戌二の顔を掴むと口を開けて戌二の唇に吸い付いた。舌で数度舐めると戌二の唇が開いて申助の口内に舌が入ってくる。

 目を瞑って感触を堪能する。御霊之神の舌はナメクジのようだと思ったのに、戌二のものはそうは思えず、甘く蕩けるような心地になった。申助も舌を入れ、戌二の口内を堪能する。牙に舌先が触れて、物珍しくて舐めてしまった。


「んっ……ふっ……」


 舌が疲れたので口を離す。濡れた戌二の唇がひどく扇状的に見えた。


「俺とまぐわうのは嫌じゃないんだな?」


 戌二が確認してくる。申助は再び唇を近づけた。


「俺から誘ってんのに嫌なわけねぇだろ」


 口付ける。はむ、はむと唇を甘咬みし、柔らかい感覚を堪能した。   

 もっと、と手を伸ばしたところで体が反転し、押し倒された。



濡れ場が見たい十八歳以上の方へ

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