第22話 この星空に誓って

    ⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎

 ホシ達が人類の夜を奪ってから五年、地上の上は太陽が常に昇り肌色の景色が広がっている。が、地上から下は五年前から全く変わらない暗色の光景が続いていた。


 暗くて、狭くて、ジメジメしてて、落ち着かない。

 歩くたびにかんかんと気味の悪い金属製の足音を響かせ、奥へ進むにつれて暗闇を色濃くさせる。


 素直な感想言うとやっぱり怖い。通り過ぎる扉が急に開いたりしたら流石のわたしでも大きな声を上げてしまいそうだ。

 でもわたしは止まらない、━━━━━いや、もう止まれない。選んだ選択の重みがわたしの足を動かし続けていた。

 

 ━━━━━本当に。本当にわたしはわたしを恨んじゃうヨ。こんなことをさせようとしているのだから。


 そうして辿り着く『Zー9』の扉。

 重く堅い鉄の檻の入口をゆっくりと開き、わたしは中へ入った。


「すう………………すう………………」


 時刻は午後十時三十分。消灯時間はとっくに過ぎている。

 お昼の時には部屋を包んでいた優しいライトの光は消え失せ、この部屋も紺色の暗闇で埋め尽くされている。

 でも時折発せられる計器の点滅や、暗闇の中で反射する星電器の光がまるで夜空に瞬く星のように綺麗に輝き瞬いていた。


 そんな人工の星空の中心で、麗しいお姫様が一人、すやすやと寝息を立てながら夢の世界へ旅に出ていた。

 まるでこの世界に辛くて苦しいことなど一つもないと思っているような穏やかな寝顔だ。


 ━━━━━そんな表情で寝れるなんて本当に羨ましいヨ。


 わたしは寝ているお姫様の枕元に立ち彼女を見下ろす。

 愛しいイブちゃんの姿をした敵、それが目の前にいる。手を伸ばせば簡単に届く距離だ。

 

 ━━━━カチャリ


 そんな彼女に向けて芒炎鏡の銃口を向ける。乾いた鉄の音と感触が部屋の空気を一変させた。


 あれからずっと考えていた。どうすればことができるのかを。


 ジュリアちゃんは言った、『みんなのための選択をする』と。

 この言葉はわたしの決断を大きく動かし、━━━━それ以上にわたしの心を狂わせてしまった。

 その答えがこれ、『イブちゃんを殺す』ことだった。


 そうすればこれ以上イブちゃんが苦しむこともない。エレンさんが辛い決断をすることもない。みんなが彼女シャーナちゃんの不安に怯えることもない。

 

 ━━━━━━わたし一人が背負えば、全部上手くいくんダ。


「すう………………すう…………」

 

 引き鉄に指をかける。少し力を込めるだけで全てが終わり、イブちゃんは苦しみから解放される。

 力を、込める、だけ。ゆっくりと、ただ、力を。


 ━━━━━━あれ?


 込められない、力が。

 引けない、引き鉄が。

 指先が震えて、照準が定まらない。


 まるで金縛りにあったかのように手足が痺れて動けない。

 ここに来るまでに何度も何度も大丈夫だと自分の心を動かしたのに、最後の一歩が踏み込めない。


 ━━━━やめて。わたしはイブちゃんをころしたくないんダ。


 湧き上がる言葉にできない感情の奔流。それは躊躇いとなってわたしの心を蝕み始めた。

 躊躇いを否定するため、心の中で必死に『彼女を撃て』と自分に言い聞かせようとしても、わたしは引き鉄を引くことができない。


 ━━━━引け、引けばイブちゃんを苦しみから解放できるんダ!

 ━━━━引きたくない、イブちゃんを殺すことなんてわたしにはできなイ!

 

 ━━━━ころせ、今の彼女は人類の敵である十芒星なんダ!

 ━━━━ころしたくない、たとえ十芒星でも彼女はわたしをお姉ちゃんと呼んでくれタ!


 ━━━━向き合え、どうせイブちゃんは死ぬんだ。なら今殺しても同じなんダ!

 ━━━━イヤだ、こんな結末を向き合うことなんてできなイ!


 言い聞かせて、躊躇って、揺れる。それの繰り返し。

 背反する二つの感情が心の中で争い合い、頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱していく。

 ひたすらに自問自答して、無我夢中に自分の心に鞭打って、それでも身体が言うことを聞いてくれない。


 ━━━━こんなこと、もう嫌ダ!

 そう言ってわたしはわたしのことを否定する。


 我ながら本当に笑っちゃう。あの時と同じだ、目の前まで来たのに最後の最後になってまた逃げてしまう。

 結局わたしは何もできない、イブちゃんならもっと上手くやったはずだ。本当に救いようがないと自分のことが嫌になる。


「あ………………」


 そんな自己嫌悪が更なる失敗を生み出してしまう。

 緊張による手の震えで握っていた芒炎鏡を手から滑り落としてしまったのだ。

 芒炎鏡はボトッという軽い音と共にベッドの上へ落ちる。その衝撃はお姫様の眠りを妨げるのには充分だった。


「ううん………………」


 うつらうつらな表情を浮かべながらシャーナちゃんは目を覚ました。

 何が起こったかわからないのか半開きの瞳を左右に泳がせながら、自身の眠りを妨げた存在を探し始める。

 そしてその瞳がわたしの姿を捉えると、その表情は綻んだ笑顔へと変わった。


「あ、おねえちゃぁん」

『ハトちゃん』

「ッ………………」


 寝起きから来る舌足らずの声。とくんと跳ね上がる心臓の鼓動。そして湧き上がる親愛の熱情と頬を伝うあせ

 あの柔らかい声、朗らかな笑み。それはかつてのイブちゃんとまったく同じ。あの時とずっと変わらない彼女の姿が重なって見えた。

 

「イブちゃ…………!」

「うーん、むにゃ…………ぐう…………」


 だけどその熱情も一瞬で幕が閉じる。彼女はおぼろげだった瞳を閉じて再び夢の世界へと旅立ってしまったのだ。

 

「……………………」


 落ちた芒炎鏡を拾い服の中へ仕舞い、眠っている彼女の方へ再び視線を向ける。

 先程まで自分を殺そうとしていた者を前にしているのにさっきと変わらず、幸せそうな寝顔だ。本当に、本当に愛おしい寝顔だ。

 ━━━━そんな彼女の幸せを守りたいと思えるほどに。


「……………………」


 ━━━━イブちゃん、わたし決めたヨ。


 結局最後はイブちゃんが教えてくれた。どうやってのかを。

 

「………………イブちゃんも、シャーナちゃんも。二人はわたしが守る」


 これが最後の最後でわたしの出した答え。ジュリアちゃんの言葉を借りるなら『苦難の多い茨の道』。

 でも後悔は無かった。


 ━━━━みんなが、そしてわたしが幸せになれる選択をしたい、と。本気で思った。


 イブちゃんもシャーナちゃんも。みんながハッピーになれる道を模索したい。

 これから険しく苦しい道になるだろう。苦しいこともいっぱいあるだろう。でもそれ以上の良いことが起きると信じたいと思ったのだ。


 ━━━━ビターエンドより、ハッピーエンドの方が好きだから。だからわたしは辛いことも耐えられるようになれるんだ。


「見ててねイブちゃん。わたし頑張るから。━━━━━でも」


 そんな時だった。わたしの頭の中で言葉にできない感情が芽生えたのは。


「………………わたしをこんなことをさせようとするんだからイブちゃんもわたしに何かやらないといけないよね?」


 みんなが幸せになる道を模索する。

 これだけ大きな決断をするには、何かしらのが欲しい。そう思ったわたしは軽く息を吐きながら眠っているお姫様へ向けてゆっくり顔を近づけた。


「すう…………すう…………」

「……………………」


 目の前には穏やかに眠るお姫様。

 柔らかな吐息の音が聞こえる、もう少し近づけば鼻同士がくっついてしまいそうな距離だ。

 

 そう、これは。この決断をより強固なものにするための必要な儀式なんだ。そう自分の心に言い訳して………………


 ━━━━チュ


 その光景はまるでおとぎ話。キラキラとした星空の下。毒リンゴで眠ってしまったお姫様を起こす王子様だ。

 そうしてわたしはすやすやと眠っているお姫様の頬に一つ、誓いの口付けを印した。

 

「………………ふふっ」


 そして唇に残る暖かい彼女二人の余韻に頬を赤らませながら、わたしは部屋から出て行くのだった。


 ━━━━━イブちゃん、シャーナちゃん。わたしが二人を守るからね。





――――――――――――――――――――

 これにて『序章・私達は星々の夢を見る』は終わりです。

 ここまでご覧いただき誠に有難う御座いました。


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【連載版】星空を見上げれば ジョン・ヤマト @faru-ku

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