第20話 責務
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『人類の皆様、お喜びください。我々の叡智がついに実を結んだのです。本日天門台本部の緊急会見にて、十芒星の一体の討伐に成功したと発表されました!』
『これは大変素晴らしい成果です。天門台の皆にはこの調子で頑張っていただきたい』
「あー、もう発表したんだ。本部の人達は行動が早いね」
「最近暗いニュースが多かったからねー。それに沢山の寄付金を集めたいんでしょ。偉い人の考えはいつも変わらないね」
収容区画を後にしたわたしは現在、天門台内にある戦闘員の食堂ルームで一人物思いに耽っていた。
食堂に備え付けてあるテレビからはヴィーナスを倒したというニュースと共にどっかの専門家が偉そうなことを語り、二人の隊員がその内容について雑談していた。
「……………………」
耳に入ってくる全ての音がまるでくだらない。
ヴィーナスが倒された? アイツは今頃自分が殺されるかもしれないことも知らずにスヤスヤと夢の世界で幸せそうに歌っているだろう。
偉い人はお金集めに必死? 他の人は知らないが少なくともエレン支部長はイブちゃんのことで今も必死に悩んでいる。
全てが真実とは違う事実、だけどその事実は人類を喜ばせていた。
本当に、本当に羨ましイ。
「知らないことが、羨ましイ」
でもわたしは知ってしまった。だから今もこうして悩んでいる。
━━━━わたしはどうやって
最善の解決方法はすぐにわかった。全てを忘れてしまえばいいんだ。
そうすればたとえ最悪の結果が訪れたとしても傷つかなくて済む。
それが最善。最高の選択。なのに………………!
『ねーねー、おねーちゃん! あそぼうよ!』
『おねえちゃん! おべんとうおいしいね!』
『おねえちゃん………………だいじょうぶ? どこかいたいの?』
「……………………」
頭の中で反芻するシャーナちゃんの声が、━━━━イブちゃんの声が決意の熱を冷ませて来る。
それは心に降り頻る雨のように、躊躇いという雫がポタリポタリとわたしの顔に染み込んでいた。
イブちゃんのことも、シャーナちゃんのことも忘れたくない。でもわたしの中にある一つの感情がそれを許してくれない。
「………………なら、わたしの手で」
もう一つの選択肢。それは、━━━━わたし自身の手で
突飛? 違う、これは復讐だ。イブちゃんを奪った
「だけど…………」
だけどわたしはシャーナちゃんに親愛を感じてしまった!
イブちゃんを奪ったアイツを殺したいほど憎いのに、愛おしさを覚えてしまった!
「……………………ぁぁ」
背反する二つの感情が心が締め付けてくる。息をするのも忘れるような苦しさがわたしを襲い、まるで首を絞めるかのようにわたしの中の空気を奪ってくる。
「が………………あ………………」
わからなイ、わからなイ、わからなイ!
わたしはどうやって彼女に
「あ………………あ…………!」
そして締め付ける苦しさは強くなり、わたしの中に最悪の選択肢を提示した。
━━━━こんなにも苦しいのなら、いっそのこと
「おや? ハトさんではありませんか、ご機嫌ようでございますわ」
「………………え、ジュリアちゃん?」
そんな時だった。
わたしの目の前に長い金髪を靡かせた綺麗な女性がトレーを片手に挨拶を送って来た。
「おや、何やらお顔が優れませんわね。ヴィーナスと戦った時の傷がまだ癒えていないのかしら?」
「あ、いや大丈夫…………でス」
「あら、そうでしたの。………………わたくし今からご昼食ですの。よろしければそちらに座ってもよろしいかしら?」
「い、いいですよ?」
女性は「それでは失礼しますわ」と言いながらわたしの向かいの席に座り、トレーに乗ったラーメンをフォークで食べ始めた。
彼女の名前はジュリア。
イギリスにある名門貴族の一人娘といういかにもなお嬢様であり、天門台に所属する優秀な戦闘員だ。ヴィーナス討伐作戦ではチームAを担当し、わたし達を救出してくれた命の恩人でもある。
「はふ…………はふ…………熱いですわ」
まさしく雲の上の存在なのだが、ラーメンを食べるのに四苦八苦している様子になんとなく親近感を覚えてしまう。そんなみんなから愛されるお嬢様だ。
「ふう、お腹いっぱいですわ。この国の麺は舌触りが独特ですわよね。口の中に入れた麺がするりと喉に通っていきますわ」
「まあ、ラーメンだからネ…………」
「知らない食べ物を食べるというのも良い経験ですわよね。それでは、
「あっ…………」
そう言ってジュリアちゃんが席から立ち上がった時だ。
この行動は完全に無意識の行動だった。わたしは何故か立ち去ろうとした彼女の服の裾を掴んでしまったのだ。
「おや、どうかしましたの?」
「あ、………………ちょっと聞きたいことがあって」
本当は聞きたいことなんて何もないのに、この場を取り繕うような言葉を言ってしまった。
そんなわたしの挙動不審な態度をジュリアちゃんは「もちろん大丈夫ですわよ」と言いながら応えてくれた。
「それで、何が聞きたいのかしら? 我が家に伝わる秘蔵のストレス解消方法とかかしら?」
「えっと…………、今からする話はあくまで例えばの話なんだけど。ある女の子がいてさ、その子には悩んでいることがあって。選択肢は色々あるんだけど、どれを選んでも後悔してしまいそうなんダ」
「ふむふむ、それで?」
「もしジュリアちゃんが女の子の立場なら、そういう時にどうすれば良いのかなぁ………………って」
「わたくしがその子の立場なら………………ですか」
ジュリアちゃんは困ったような顔をしながら長い金髪を触った。
「ご、ごめんネ、やっぱりいきなりで困るよネ! わたしのことは良いから…………」
「いえ、ハトさんがわたくしに相談して下さったのですわ。頼られたのならそれに応えるのがわたくしの心情ですの」
話を打ち切ろうとしたわたしをジュリアちゃんは堂々とした態度で返してくれた。
そうして十秒ほど時間が経ち「わたくしなら」という言葉から回答が始まった。
「わたくしならそのような迷いが生じた時、『皆様のためになる選択』を選びますわ」
「みんなのため…………?」
「貴族には『
「………………」
「もちろんそれはとても苦難の多い茨の道です。ですがそれでもやり遂げる価値のあるものだとわたくしは思っていますわ」
毅然としながらも、美しさを覚える言葉使い。
彼女の答えが本気だということが嫌でも伝わって来た。
『誰かのための選択』。今のわたしには考え付かなかった選択肢だ。
「あ………………なんか熱く語ってしまいましたわ。これで答えになったのかしら?」
「うん、ありがとう。すごく参考になったヨ!」
「それならよかったですわ。それでは改めて、わたくしはこれで失礼いたしますわ」
そうしてジュリアちゃんは空のどんぶりの乗ったトレーを片手に食堂を後にした。
「誰かのための………………選択」
まだ完全に
でも少しだけ、わたしが選ぶべき道が見えた気がした。
あとは、覚悟をするだけ。
彼女と
「━━━━━━」
━━━━━犠牲にする、覚悟を。
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