第46話
ヒク、と、ぎこちなく息を呑んだ。
もう、そのディーテが傍に来たことすら分からないほどに、我を失ってしまっているのだと。
他でもない、自分が、比翼の約束をした相手をないがしろにして、追い詰めてしまったのだと。
「私だけを、待っててくれたんだね。何も分かってなくて、ごめんね」
ディーテは、エンデの隣に立つために、エンデに相応しいフリルになるために、そんなことを思いながら、地上で駆けずり回っていたわけだけれど。
自分の好奇心のため、勝手にいなくなったくせに、エンデのことを勝手に心の支えにして、肝心の自分は、喪失に苦しんだエンデを顧みず、支えになることを怠ったのだ。
きっとエンデなら大丈夫だ、なんて。自分の都合を押し付けて。
本当は、エンデに会うことで、自分の不足に向き合うことが嫌だっただけ。
エンデは、こんなにも、自分を必要としていてくれたのに。当たり前のことのように、それに気づかず、地上で、鮮烈なまでの充足に浸っていたのだ。
「ねえ、ラナ。隠密の術を解いてほしいの」
「え、待ってよ、それじゃ私たち見つかって怒られちゃうじゃない」
「術を解いたら、どさくさに紛れて逃げて。私、エンデとちゃんと話がしたい。でも、この封印を解いたらどんなことがあるか分からない。ねえ、ラナ、お願いよ。きっと、今ならまだ、ランジュ様が私に気付いてくださるの」
畏れ多いことだが。ランジュに助力をお願いする。今すぐに手を打とうと思ったら、それしか、思いつかなかった。
もうこれ以上、エンデを待たせるわけにはいかないから。
「正気……?」
「エンデが失くしたものを、私が持っているわけにはいかないもの」
「気が遠くなってきたわ。頭がおかしくないと誰よりも輝くことなんて出来ないって言われてるみたいでいやになる」
「それじゃあ、貴方にも十分資質があるわね」
「だまらっしゃい! ……ハア、もう。付き合ってらんないわ。好きにして」
ラナンスは、そう言って指をパチンと鳴らした。途端に、侵入者の存在を知らせる稲妻が夥しい数またたき、ラナンスはそのままディーテの眼の前から姿を消した。ふたたび隠密を使って、まんまと逃げおおせる運びだろう。
「ランジュ様……」
ゆっくりと息を吐く。ぎこちなく震えていた。
ランジュなら、きっと誰よりも早く来てくれる。そこに不安はない。
問題は、ディーテが、ランジュを口説き落とせるかどうか。散々ユニットの誘いを袖にしておいて、その好意だけは利用しようだなんて、どんなに恥知らずなことだろう。
でも、エンデが堕ちることより、看過できぬことなど、何一つとして無い。
「ディーテ」
ハ、と、勢いよく振り向く。途端、あれだけ鳴り響いていた雷鳴が、ピタリと止んだ。
「ランジュ様……!」
「こんなところで奇遇だねって、そう言いたいところだけれど……うん、そうか。何となく状況は分かった。まさか、ここに因果があったなんてね」
肩を竦めつつ、ディーテからエンデの方を見やるランジュ。どう説明したことかと思考を巡らせていたが、思いがけず手間が省け、助かったような、気まずいような。
ディーテは、次に何を言うべきかを見失い、音の出ない口をハクハクと開閉しては、俯いた。
「ディーテ、遠慮なんて要らない。どうしたいか、どうして欲しいか、ためらわず、ボクに教えて」
「……っ」
ディーテは、恐る恐る、顔を上げた。
ランジュは、どこまでも、優しげな顔をしていた。仕方なさそうに、しかし、どうしようもなく、慈愛に満ちたまなざしだった。
「エンデを……比翼を、助けたいのです……! この想いを伝えて、エンデの気持ちを確かめたい、だからっ……!」
縋るようにランジュを見つめ、言い募るディーテに、ランジュはとろりと頷いてみせた。
「そう……分かった。何かあったら、ボクが力を貸すよ。傍にいるから、キミが思うようにするといい」
「はい、はいっ……!」
ディーテは深々と頭を下げ、すぐさま、エンデに向き直った。
封印に向けて、手のひらを翳す。ランジュは、その不安に震える肩を、後ろから支えるように抱いた。
パチン、と、スパーク音。
その大仰さに反して、いたく呆気なく、封印が解かれた。
片翼のフリリューゲル ~カワイイが絶対的正義な世界で、落ちこぼれとバカにされていましたが、自分らしさを磨いたら憧れのナンバーワンにユニットを組もうと言われました~ 槿 資紀 @shiki_mukuge
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