第44話
「へぁ……?」
「違った? それとも図星?」
大混乱の坩堝に叩き落とされたディーテなんてお構いなしに、容赦なくゆさゆさとその肩を揺さぶるラナンス。
答え合わせにしか興味が無さそうな、純真な知識欲は、どこまでも無慈悲であった。
「ど、うして……?」
「途中式もいるの? 欲しがりなのね。まず前提として、私、記憶力には自信があって、同世代の顔と名前くらいは覚えてるの。それなのに、貴方の顔は記憶になかった。これが最初の違和感ね。天来色はあくびちゃんっぽいなとは思ったけど、変容ができないことで有名なあの子に限ってそれはないってその時は思った。でも、オディットって言う謎のフリルが現れたって聞いて、資料を見た時、点と点が線でつながったような感じがしたの。そもそも、変容ができないって言う前提から疑わないとって。変容の試練に到達するまでは、世代のトップを逃したことが無かったあの子に限って、変容ばっかり出来ないってことが有り得るのか、ってね」
クラクラと眩暈がした。確かに、何とも馬鹿げた話だ。誰に聞かせても鼻で笑うだろう、想像力に富んだジョークである。
ディーテ以外にとっては。
「まるで、都市伝説みたいな話だね。それじゃあ、点と点をつなぐ線があまりに頼りないよ。あくびちゃんに変容は使えないって言う前提を覆す根拠もない」
「でも、あくびちゃんが失踪したのと入れ替わりに、オディットは現れた。フリルがいるはずのない、地上から」
「……偶然じゃないかな」
「そう……まあでも、偶然なら偶然の方がいいわ。だって、私の憶測が正しかったら、グラン・エンデがあんまりに可哀そうだもの」
「……!? どういう、こと」
「貴方に関係ある? 貴方はあくびちゃんじゃないのでしょう」
覗き込むような上目遣いで、ラナンスは人形のように微笑んだ。まんまと釣れた、という、満悦そうな瞳であった。
ディーテは縋りつくようにラナンスの両手を取った。
「お願い、教えてっ! エンデに何があったの!?」
「認めるってこと?」
「何でもいいから……!」
クイ、と片眉を上げ、ラナンスは肩を竦めた。興ざめとばかりにため息を吐く。
そうして、正面から、ディーテの瞳を射抜き、徐に口を開いた。
「貴方がFUBEから追放されたって噂が流れてすぐ、グランは上層部に殴りこんで、謹慎処分を受けたの。それで、日に日に、精神を病んでしまって。今はマトモに言葉も交わせないくらい心神喪失状態って聞くわ」
まるで現実感のない話だった。あのエンデが、しなやかで強かなフリルである、あの姉貴分が。
エンデは、ルーキー世代の中では抜きんでて美しく、強いフリルなのだ。エースに数えられる日も近いとすら言われていた。だから、ディーテは、エンデがそのように弱ってしまうなんて、想像だにしていなかったのだ。
「心神喪失……!? うそ、どうして」
「……本気で言ってる? 比翼と思ってずっと待ってた相手が消えたのよ。おかしくなってしまうのには十分でしょう」
「だって、エンデは、私がいなくなったくらいでへこたれるようなヤワなフリルじゃない。私以外にも、エンデを求めているフリルはたくさんいた……だから」
「貴方、そんなに軽々しい気持ちで比翼の約束を結んだの? ほかのフリルに求められてたからって、そんなの、なんの足しにもならないわ。グランは貴方のことしか求めてなかったのよ」
呼吸とは、こんなにも困難なものだっただろうか。狭窄する気道から、ヒュウヒュウとか細い音が漏れ出る。
「……ッラナ、エンデが、今どこにいるか知ってる?」
「ついておいで」
「ありがとう!」
暇つぶしだよ、ラナンスはそう言って飛び立つ。ディーテはすぐさまその後を追ったのだった。
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