第41話

「ハァ……今のルーキー、威勢だけは一人前な子ばっかりだね。前にも君みたいにやけに突っかかってくる子がいたよ。あんな調子じゃ、厄災に喰われるのも時間の問題だと思うけど」


「あら、ご心配には及びませんことよ。この通り、ピンピンしておりますもの。今後とも、その予定はございませんわ」


「そう、まあ、安心するといい。もし君が厄災に取り込まれて、大厄災が生まれたとしても、ボクが一瞬で祓ってあげるからね」


「ランジュ様こそ、認知機能が随分と低下していらっしゃるようですから、そろそろ第一線を後進に任せて、ゆっくりお休みになってはいかがでしょう」


「二等星級くらい単騎で仕留められるようになって、ボクを安心させてくれたら、考えてあげてもいいかな」


 ミュスカも、あのランジュに、よくぞここまで食い下がるものだと、いっそディーテは感心した。同時に、どうしてここまで自分に拘るのだろう、とも。


 ディーテが心に決めた比翼はエンデだけだ。だから、ミュスカにも、ランジュにも、応えられない。


 いい加減、ミュスカには、正体を明かすべきだろうか。オディットの正体が、蛇蝎の如く嫌っていた落ちこぼれのあくびちゃんだと分かれば、流石に思い直してくれるだろうから。


 まあ、今度は過去の過ちを清算するために命を狙われそうだけれども……ディーテはほろ苦く微笑む。


 パチリと指を鳴らした。すると、モフィとピオニュに縋りつかれていた翼がディーテの背から離れ、紫の薔薇のブーケに姿を変える。


 ディーテはそのまま、地上へと落ちていった。


「「「オディット!?!?」」」


 響き渡る、リクロマの三重奏。モフィとピオニュよりも一足早く状況を把握したらしいミュスカが、眦を吊り上げて「待ちなさい!」と叫んだ。


「トロいなぁ、待てと言われて待つ奴なんていないでしょ……ねえ、ディーテ」


「アハハ……」


 ディーテが地上に着地する寸前、軽やかにその体を掬い上げ、ランジュはウインクした。


 ディーテは内心そのファンサに悩殺されながらも、眉を下げて力なく笑うだけに留める。


 ランジュとこのような交流を始めて早数か月。


 はじめはまともに言葉すら発することの出来なかったディーテだが、流石に何度か対面を繰り返せば、どうにかこうにか適応していくものである。


「今日もディーテがいっとう輝いてたよ。ボクと組めば、どんな大厄災でもたちどころに倒せるだろうね」


「買いかぶりすぎでございます……きっと、僕では足手まといにしかなりません」


「キミはさっきのマゼンタちゃんを少し見習って、自信を持ってよ。間違いなく、ここ100年で一番の逸材なんだから。全く、今まで一体どこで燻ってたんだか」


 世代イチの問題児としてFUBEに悪名を轟かせていたなんて言えるはずもない。すべては、稀代の落ちこぼれに無二の活路を見出したアルテアの功績である。


「ランジュ様には、僕なんかより、ずっと相応しい方がいらっしゃいます」


 何度繰り返したか分からない言葉だ。しかし、ランジュは、すこし寂しげに眉を下げるだけで、どうしても聞き入れてはくれない。


「ボクはね、皆が思うよりも寂しんぼなんだ。300年間、ずっと寂しくて、恋しかった。とびきりね」


「ランジュ様ほどお強い方でも……?」


「だって、強いから。いっとう嫌われてるんだもの。唯一、ボクを嫌わないでくれたひともいたけれど、今は……お互い、合わせる顔が無くってね」


 きっと、アルテアのことだと、ディーテは確信した。それ以外に無いとすら思った。


「ランジュ様は、今もその御方を恋しく思っていらっしゃいますか?」


「ヤキモチ焼いてくれるの?」


「そんな、滅相もない……!」


「つれないなぁ……」


「あ、その、ユニットだけは御受けできませんが、代わりに、何か僕に出来ることがあればそれを全うしたいと……差し出がましいこととは存じますが……」


「ユニットでもない子に、そこまでしてもらうわけにはいかないかな」


「う……」


 ディーテはランジュの腕の中でカチコチに縮こまった。やっぱり、踏み込むべきではなかったのだ、と。ユニットの申し出を受けるつもりもないくせに、ランジュの秘密よわみが知りたいだなんて、虫のいい話にも程がある。


「ごめんごめん、あんまりにキミがつれないから、少し意地悪したくなっただけだよ」


 クスクスと笑いながら、ランジュはディーテの頬に軽く口づける。ディーテは「キュウ」と喉から変な音を出しながら、顔を真っ赤にしたのだった。

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