第40話

 オディットの加勢により、厄災はいとも容易く祓われた。


 黒髪のフリルは、翼を邪気に汚染されてしまったため、暫く出撃は出来ないが、命に別状はなく、自らの力で雲上へと戻っていった。


「ちょっと、貴方。またフリルを誑かしたわね! ふしだらにも程があるわ!」


「またって……そんなつもりないよ」


「フェルティがあんなにしおらしくなるなんて……普段はとんだはねっ返りなのよ」


「邪気にあてられただけだと思うけどな」


「そうやって責任逃れするのね。他のフリルが許しても、私は許さないわ。いい加減、私にふしだらを働いた責任を取ってもらうわよ! 今日と言う今日は、貴方が頷くまで絶対に逃がさないから!」


 そう言って、ミュスカはオディットの腕にしがみ付く。オディット……もとい、ディーテは、最早力なく笑うことしかできない。一体、このやり取りを何度繰り返せば気が済むのだろうと。


「ごめんよ、ミュスカ。あの時は緊急事態だったし、あの方法しか思い浮かばなかったんだ。心配しなくても、あんなこと、君以外のフリルにはしていないから、もう許してよ」


「当然じゃない! もしほかのフリルにあんなことをしたら、私が責任をもって貴方を誅殺するわ」


「あら! 浮気なんてしようものなら、ミュスカの手を汚すまでもなく、私の弾丸が貴方の眉間をぶち抜いておりますわよ」


「その前にアタシのランスがアンタの首を薙ぐね」


 リクロマの殺意は今日も絶好調である。すっかり包囲されたディーテは、面倒なことになったとげんなりした。あまり戦場に長居するのは上策ではないのだ。


 なぜなら。


「先月ぶりだね、元気にしてた?」


「「「「……」」」」


 予兆も何もあったものではなく、ずっとそこに在ったもののように現れた声。ディーテとリクロマは錆びたブリキ人形のようにぎこちなく振り返る。


 瞬間、地上では最高潮の歓声が沸き上がる。


 昨今、ディーテ扮するオディットが絶大な人気を博す理由。


 勿論、「フリルを救うフリル」という特異性に、他とは一風変わった美貌、何より、今までにない男性型のフリルという新鮮さ……注目に足る要素は余りあると言ったところだ。


 しかし、何より。


 第一線で活躍するフリルとは言え、他のフリルでは手に負えないレベルの厄災でなければ出撃のない、一年に一度見ることが出来ればラッキーなレベルの、トップフリル、ランジュが。


 オディットの現れた戦場には、必ず現れるのだ。それも、今まで人々に見せたことのなかった、オフの姿で。


 そのため、オディットは、ランジュ降臨の確定演出、これ以上ない吉兆として、人々に愛されているのである。


「ボクが来るまで引き留めてくれてありがとう。もう下がって良いよ」


 綺羅星のような美貌で笑顔を振りまきながら、ランジュは言い放つ。なんとも手心に欠けた、邪魔者宣言である。


「な、……っ!」


「ヒィ……」


「ひぇ……」


 ミュスカの顔が憤怒に染まる。反対に、モフィとピオニュは真っ青な顔色で震えあがり、ミュスカとディーテの背後に隠れた。


「ん? 聞こえなかった? 帰って良いよ、ご苦労だったね」


「いいえ、ランジュ様。貴方様ほどの御方に、お手を煩わせるわけにはまいりません。どうぞ、この者の処断は我々にお任せくださいませ」


 ミュスカは、ディーテをランジュから庇うように前に出た。


 ディーテはどさくさに紛れて上へ逃げようと目くばせしたものの、ミュスカのとんでもない眼光に睨み据えられ、怯んでいるうちに背後の二翼から翼をしっかり抱きすくめられてしまったのだった。

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