第39話
「嘘、凶星時点では3等星級だったはずなのに!」
5翼のフリルたちの間に緊張が走る。表層さえ突破出来れば、あとは核を破壊するだけ……その想定で翼力を配分していた彼女らに、厄災の眷属らの猛攻を凌いだうえでもう一層を突破する力は残らないだろう。
「最近こういうことばっかりじゃない!? 観測舟は何をしているのよ!」
黒髪のフリルが、眷属を3体まとめて吹き飛ばしながら、恨み言を叫ぶ。その傍らを、流星のような矢が通り抜け、背後で黒髪に襲い掛からんとしていたもう一体の額を射抜いた。
「集中して。どうしたって私たちに敵前逃亡は許されていない。救援が来るまで持ちこたえるだけ」
矢を放った白金の髪のフリルが、上空から黒髪を見下ろし、粛々とそう言った。黒髪はギリリと奥歯を噛み締め、更に食って掛かろうと翼を広げた。
「言われなくても分かって、きゃ……っ!」
「フェルティ!!」
広げた翼の根元を戒めるように、眷属の放った邪気が纏わりつく。黒髪は瞳を絶望に染め、ハク、と声の出ない口を動かした。
フリルの力の源である翼に取り憑かれてしまっては、フリルは手も足も出ない。隙だらけになった黒髪を飲みこむように、眷属が次々と迫りくる。
白金のフリルは一挙に5本の矢をつがえ、弓を構える。しかし、そちらに気を取られるあまり、自らの背後が疎かになっていた。
「カヒュ……ッ」
邪気によって形作られた刃が、背後から白金のフリルの胸元を貫く。翼で薙ぎ払うように身を捩り、眷属の本体は跳ねのけたものの、邪気をダイレクトに体内に取り込むこととなったダメージは甚大だ。ごっそりと羽が落ち、翼がやせ細っていく。
最早滞空できるかすら怪しいほどの消耗。さらには、これ以上のチャームを見込めるほどの固定ファンはいない。
コラボを組んだ3翼の方を見るも、そちらはそちらで手一杯。窮地に陥ったこちらを顧みる余裕もなさそうだ。
「誰か、フェルを、
そう言って、白金のフリルは力なく倒れる。支えるものはない。そのまま、地上へと転落し、厄災に取り込まれるのだと……そのさまは、まさに無力を形にしたような無惨な有様だった。
しかし。
諦念の宿った空虚な瞳に、一条の紫電が映り込む。
ドオ……と、唸るように、地上の観客たちが沸き上がった。昨今のフリル愛好者たちは、専ら、この都市伝説を一目見るために、冴えない凡百のルーキーたちの雷舞を観戦するのだ。
「間に合ってよかった。必ず助けますから、先に雲上に戻っていてください」
地上に墜落するまで秒読みと言ったところで、白金のフリルを抱き留める者があった。
黒かと見まごうほどの濃紫。涼やかな目元から覗く同色は、凛々しさの中にミステリアスな柔和を内包していて、ため息が出るほど甘美だ。
紫電の騎士、救翼のオディット。今や、かのランジュにも匹敵するほどに、地上の注目を浴びる、謎多きフリルは、天功の如く壮麗な純白を広げ、おっとりと微笑んだ。
「たすけて……妹を、私はいい、あの子を助けて……っ」
縋りつくように相貌を見開きながら、白金のフリルはオディットの逞しい肩を掴む。
「任せて」
そう言って、オディットは頷く。その間も、慈愛のように翼から降り注ぐ羽一枚一枚が浄化の隼に姿を変え、猛威を振るう眷属たちの喉笛めがけて飛翔していた。
それを見て安心したか、白金のフリルはゆっくり瞼を閉じた。
オディットはホウと息をつき、ゆっくりと背後へと倒れる。蝶が蛹から孵るかのように、分裂したのである。厳密には分身だ。気を失ってしまった白金のフリルを雲上へ運び込む役割を分身に任せ、本体は戦場へと身を投じるのである。
クルリと身を捩りつつ、両翼で自らを包み込む。その瞬間、ゴウンゴウンと教会の鐘が音色を響かせ、女神像がみるみる眩く輝き始めた。
ギン……! 隕石のように降下するオディットと、女神像が放ったチャームがぶつかる。
みるみる、オディットの全身を包み込む翼が膨らんでいく。
歓声を上げていた地上が、にわかに静まり返った。固唾を飲んで、その再誕を見守っていた。
最早、地上の誰も、厄災に意識を払っていなかった。その瞬間、誰一人として、厄災の姿を恐れる者は無かったのだ。
急に眷属たちが勢いをなくし、必死で応戦していた3翼が、あまりの手ごたえのなさに戸惑っては、ようやく周囲の状況を悟る。
揃って、黒髪のフリルがいた場所を振り返った。
「ミュスカ、オディットだ、オディットが来た!!」
リクロマが一翼、シアンのモフィが、静寂を切り裂くように叫んだ。
瞬間、まるで破裂するかのように、翼が広がる。そこには、軍服然とした装いに身を包み、白銀の壮麗な鎧を纏った、華麗なる騎士の姿があった。
「よくもノコノコと顔を出したわね……モフィ、ピオニュ! あの者に後れを取るわけにはいかないわ! 私たちも行くわよ!」
「あいよ!」
「イエス、マム!」
真っ先に踵を返し、飛び出していったミュスカに、モフィとピオニュは顔を見合わせ、肩を竦めて後を追う。
憎たらしげな言葉を吐いておいて、喜色満面にも程があるだろう、と。
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