第38話
「それにしても、これで二回目ね、立て続けの堕天は。ここまでの規模となれば、ただの偶然で処理するわけにもいかない……どうしたらいいと思う、ディーテ」
焼きたてホカホカのフォカッチャをちぎりながら、アルテアは呟く。
自分の朝食の支度を丁度終わらせ、アルテアの向かいに腰掛けようとしていたディーテは、着席する前に固まった。
こういう時、アルテアはディーテに意見を求めていない。アルテアの中で、いくらか形になった結論があり、ディーテには、本人の意思を聞いているのだ。
スウ、と、歯間から音を鳴らして息を吸う。ぎこちなく着席。居ずまいを正す。
「アルテア様のご指導のおかげで、実戦でも通用する動きが出来るようになったと、昨日の戦いで確信いたしました。ついては、フリルを助けるフリルとして、お役目を全うする所存にございます」
「それは、貴方自身の意志?」
「まだ、自分と同等かそれ以上の力をもつ同胞たちを守る、ということが、腑に落ちない部分もあります。ただ、確かなのは……フリルのことを誰よりも想い、日々奔走していらっしゃるアルテア様を、出来る限りお支えしたいという気持ちです」
「あのね……私、この半年、貴方に見せられるだけの人間の醜悪さを見せてきたと思っているわ。それなのに、貴方ってば、何も堪えた様子が無いのだもの。本当は、早く戦いに出たいから、そんなことを言うのではなくて?」
こめかみを押さえ、アルテアは大きく嘆息する。珍しく、可愛げのあることを言うな、と思いながら、ディーテは首を傾げた。
「不徳の致すところですが……あえて貧乏くじを引き続けている御方のほうが、余程目をひいたものですから」
「腰は低いのに頭は高いわよね、貴方。そのくせ、手の施しようがないくらい殊勝だし。どうしようもないわ。ランジュよりずっと扱いづらくて、嫌になる」
肩を竦め、アルテアはちぎったフォカッチャをオリーブオイルに浸した。あんまりにあからさまな拗ねっぷりである。口角をひきつらせ、ディーテはナイフで卵黄を割った。
「それでは、クーリングオフなさいますか?」
「フン、舐められたものね。ここまで私の領分を犯しておいて、今更そう簡単に逃がすと思って? ランジュのところに行く決心がつくまでは、黙って毎朝バターたっぷりのパンケーキを焼くことね」
「今朝のフォカッチャはお気に召しませんでしたか」
「何言ってるの、どっちも食べるに決まってるじゃない。貴方の朝食がないとイマイチ調子が乗らない体になってしまったのよこっちは。たまったものじゃないわ」
「もしランジュ様のもとでお世話になるようになっても、毎朝こちらに出向いたしますね」
「なにそれ、遠回しに私を殺そうとしてる? あの子、手に負えないくらい独占欲強いのよ」
「冗談がお上手でございますね」
いまに分かるわ……アルテアは吐き捨てるようにそう言って、手持ち無沙汰のフォカッチャをようやく口に入れた。しかめっ面が少し和らぐのを見て、ディーテもつられて口角を緩める。
「もう、この際、計画も何もあったものではないのだし……いいわ。貴方の言葉をひとまず信じてみることにする。フリルの窮地を救う場面に限り、貴方の出撃を許可します」
「ありがとうございます。必ずや、ご温情に報いてみせます」
ああ、ようやく。絶えず胸に渦巻く焦燥が、少しだけ、軽くなってくれたような気がして、ディーテはホッと息を吐いた。
いつか、エンデを迎えに行って。勝手を謝って。約束を果たすために。
しかし、それまでには、まだまだ課題が山積みだった。
最たるものは。そう、何かの間違いで、ランジュから、ユニットの誘いを受けてしまったということ。
どうしたものかと、答えの出ない思案に耽りながら、パンケーキを焼きにキッチンへと立ったディーテであった。
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