第37話
プイ、と、すっかり顔を逸らして黙り込んだアルテアに、ディーテは、黙れと言われた以上声をかけることもできないまま、じっと見つめた。
そして、昨日の戦いのことについて、思い返す。
アルテアの指導を受けるようになってから、初めての実戦。初陣が嘘のように、戦うことが出来るようになっていた。
アルテアは、戦いの最中、どんな想定外が起きたとしても、決して動じないように、ディーテを鍛えた。
否、決して動じないように、というより。感情と、体の反射を、切り離したのだ。
故にこそ、ディーテは戦闘中、何が起こっても怯まなくなり、感情によって、理性による判断を鈍らせることも極めて減った。
モフィやピオニュが窮地に陥ったときも、冷静な手出しができたのは、アルテアのしごきの賜物である。
半年という、瞬きの間に、ディーテをここまで仕上げた。
まさに並外れた指導力だ。あのランジュを育て上げたというのも頷ける。
だからこそ、意外だったのだ。
アルテアは、自分の浅はかな脳みその中のことなど、全てお見通しだと思っていたから。
まさか、あそこまで、弟子からの思慕に疎いとは、思いもしなかったのである。
これ見よがしな、大きな嘆息が、廊下に響く。ディーテは翼を震えさせた。
「ねえ、ディーテ。ランジュは、疑うべくもない、突出したフリルよ。きっと、あの子のもとで学んだ方が、私のところで燻っているより、ずっと実りがあるわ。貴方だって、大好きなフリルの傍で成長できるなんて、願ってもないことでしょう。ランジュとのユニットなんて、全フリルが一度は憧れて、挫折する栄誉に違いない。それなのに……」
「私は、アルテア様のもとで、フリルを支える仕事をお手伝いすることに、やりがいを感じています。それと……実は、私、もう、将来を誓いあったフリルがいて……」
「そう、なの……?」
「はい。まだ、仮の契りを交わしただけなんですが……きっと、ランジュ様に並び立つフリルは、私などではありません。ランジュ様の隣が相応しいのは……」
ディーテは、それ以上、踏み込まなかった。しかし、そのまなざしは雄弁で。
アルテアは、にわかに表情を曇らせた。耐えかねたように、懐から煙草を取り出す。
ディーテは飛び上がるようにアルテアのもとへ駆け寄り、言われるまでもなく、火を差し出した。
「ディーテ。私はね……手前勝手で申し訳ないのだけれど、貴方を見込んで、引き抜いたの。いつか、ランジュと肩を並べて戦うフリルとして……貴方と始めて会った時、運命だと思った。貴方以上にランジュを愛し、ランジュを理解しているフリルはいないって」
そう言って、アルテアはいっぱいに煙を吸い込み、気だるげに吐き出した。
「お言葉ですが、ランジュ様を孤高にしてしまったのは」
ランジュは、吸いさしの煙草をディーテの口に突っ込み、困ったように笑った。
「分かってる。でも、もう、私は、あの子の隣に立てないの。分かるでしょう。片翼じゃあ、空を飛ぶことだって、出来やしない」
いまじゃあ、どのフリルよりも、あの子から遠ざかってしまった、と、諦めたような顔で、それでいて、何よりも焦がれてやまないみたいに、アルテアは呟く。
ディーテは、瞼を伏せて、めいいっぱい煙を吸い込んだ。そうして、思いっきり、ゲホゲホとむせてみせた。
アルテアは泣いてるみたいに笑いながら、ディーテの頬を撫でた。
「強制しようって言うんじゃない。でも、気が変わったら、私のことは気にしないで、好きなようになさい。きっと、あの子も、貴方がそう望むなら、貴方の比翼ごと、受け入れてくれるから」
夜の海のように、寄る辺なく、ゆらゆらと揺れる瞳が、いたく寂しげで。
ディーテは、なおもケンケンと咳き込みながら、ふと思った。
「どちらを寂しいとお思いでいらっしゃるのだろう」と。
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