第33話

 ディーテは、先程のミュスカの言葉を思い出し、一理あるとして、ミュスカの姿に変容した。


 観衆には、さぞ絶望的に映っただろう、ミュスカが呆気なく吹き飛んでいった光景。


 そんなミュスカが、再び舞い戻ってきたとなれば、それは希望になる。さすれば、厄災の勢いを多少削ぐことも可能だろう。


 髪の色が問題だが、幸い、ディーテの髪は光の加減で濃淡を変える。青か赤なら、色を少しだけ寄せることも可能だ。


「モフィ! ピオニュ! しっかりなさい! 時間を稼ぐわよ!!」


「ミュスカ!?」


「無事でいらしたのね……! よかった、あたくしてっきり……その髪の色どうしましたの……!?」


「厄災の強い邪気を受けて濁ってしまったみたい。でも動けるわ、気にしないで。今は厄災を食い止めることに集中よ!」


「そんなことある!? ま、まあいいや、わかった」


「イエス、マム……!」


 混乱のあまり、滅茶苦茶な方便もすんなり信じてくれた二翼。内心胸をなでおろしつつ、ディーテは厄災を正面に真っ直ぐ見据えた。


 ダァン、ピオニュの発砲音とともに、ディーテとモフィは飛び出す。見計らったように飛来した触手の魔の手を、瞬く間に切り刻むディーテ。


「しまっ……」


 なんとか食らいついていたモフィだが、一撃仕損じたらしく、その隙を縫うように、横腹めがけて触手が迫る。


 ディーテは咄嗟に、羽を抜き取った勢いそのまま短刀を顕現し、触手めがけて投擲した。モフィの横腹を抉るすんでのところで、触手は崩れていく。


「お、あ、ありがと……!」


「気を付けて、さっきのとは比べ物にならないくらい邪気が濃い。一瞬たりとも気を抜いちゃだめよ」


「うん……っ」


 ディーテは、「この子ミュスカの前だとこんなにしおらしいの……!?」と内心驚愕した。何となく申し訳ない気持ちになり、それを誤魔化すように飛行を加速させる。


 迫りくる触手を絶えず切り刻みながら、勢いのまま、厄災の巨体をレイピアで貫く。鈍い手ごたえに奥歯を噛み締め、翼力を迸らせると、厄災の表層がドクンと脈動した。


「ミュスカ!!」


 邪気が迸り、ディーテの首と翼、そして手足に触手が纏わりついた。寒気のあまり息を詰まらせたディーテの翼を容赦なく捥ぎ取らんと、邪気が膨らんでいく。


 ダン、と、発砲音。ディーテの翼を戒めていた触手が焼き切れる。その隙に、ディーテは無数の羽を刃へと変え、触手を細切れにし、拘束から何とか逃れた。


 次の瞬間、ディーテが傷をつけ、すこし綻んだ箇所に、モフィの槍が深く突き刺さった。


 ビキ、という音とともに、表層がボロボロと崩れていく。しかし、二等星級の厄災は、核までに、更にもう一層、突破せねばならない装甲があるのだ。


 ただ、表層を突破された厄災は、暫くの間行動不能になり、その間のフリルからの攻撃を凌ぐため、フリルと同等サイズの眷属を産みだす。


 数はあれど、個体あたりの強さはさほど。時間稼ぎとしては上々だ。


 格上の相手ながら、善戦を繰り広げたリクロマに、固唾を飲んで見守っていた群衆から大歓声が上がった。ディーテは、みるみる力がみなぎるのが分かり、人目の有無だけでここまで違うものかと目を見開いた。


 ディーテはすこしハイになり、クルクルと舞を踊るように、厄災の眷属たちを切り伏せていった。その優雅なさまに、観衆はうっとりと感嘆のため息を零した。


「ちょっ……や、いや!」


 そんな悲鳴に我に返り、ディーテはピオニュの方を顧みた。ピオニュは典型的な援護型だ。多勢に無勢、しかも近接は得手ではない。


 3体ほどに群がられ、手にしていた銃を取り落としてしまったらしいピオニュのもとへ、ディーテは飛び掛かった。


 襲い掛かろうとしていた一体を仕留め、翼ごと腕を羽交い絞めにしていたそれぞれ一体ずつの首を飛散する刃で振り払い、そのまま救出。


 ディーテはピオニュを横抱きにしたまま、空中を縦横無尽に駆けまわり、無限に湧き出る眷属たちをひたすら蹴散らした。


「ねえ、貴方……ほんとうに、ミュスカなんですの?」


「……ピオニュ、貴方、こんな時に何を言うの」


「ミュスカは、足手まといを掬い上げるような殊勝なフリルじゃありませんわ。わたくしなんか簡単に見捨ててしまえる子でしてよ」


「ユニットじゃない、見捨てたりなんて……」


「いいえ。ミュスカが心に決めたフリルは、私でも、モフィでもありません。私たちが、勝手にあの子に付き従ってるだけ」


「え……?」


「ほら、やっぱり」


 今にも泣きだしそうな、しかして夢見心地のような顔で、ピオニュは銃口を構えた。戸惑いにすっかり体を強張らせたディーテに微笑みかけ、躊躇なく発砲する。


 その銃弾は、ディーテの背後、今にも襲い掛かろうとしていた眷属の脳天を貫いた。


「どう、いう……」


 ピオニュは、それ以上、何も言わなかった。

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