第32話

 大地が活気に満ち満ちる最中。


 ディーテのみ、信じられないような顔で、空を仰いでいた。


「どうして……厄災を祓ったのに、空が晴れない、まさか……!」


 リクロマは、初陣だからこそ、その違和感に疎いのだろう。観衆に向かって手を振ったり、投げキッスをしたり、観戦席まで接近してウインクしたりなど、ファンサに夢中だ。


 期待の新星が初陣を無事成功させたことへの興奮に沸き立つ人々もまた、熱に浮かされているからこそ、その異変に気付かない。


 ディーテは、ハッと息を呑んだ。三等星級の厄災にしては、空を覆った闇が深すぎた、と。


 咄嗟に立ち上がり、上段に足をかけながら振り返る。


 そこには、既にまろび出ようとしている厄災……それも、おそらく2等星級だ。


 明らかに、初陣を果たしたばかりのリクロマには、荷が重すぎる階級だ。


 ディーテは、それが何かを頭で理解する前に、叫んだ。


「ミュスカ!!!! 北西方向!!!! 防御態勢!!!!」


 ディーテの叫びとほぼ同時。ゴウ……と、そんな轟音とともに、衝撃波が迸った。


 モフィとピオニュが呆然と身を竦ませる中、ディーテの叫びに咄嗟に反応したミュスカは、自らの翼からありったけの羽を飛散させ、防御シールドを展開した。


 しかし、そんなその場しのぎでは、その衝撃は防ぎきれず。


「「ミュスカ!!!!」」


 衝撃波をもろに受けたミュスカは、呆気なく薙ぎ払われた。


 ディーテは考える前に地面を強く蹴った。強風が巻き上がり、広場がどよめきに包まれる。


 ディーテは、地上へと真っ逆さまに降下していくミュスカに突進しながら、この半年アルテアと練り上げた姿へと変容した。


 地面に激突する前に、何とかミュスカを抱き留め、再び上昇するディーテ。変容が解けた満身創痍の姿ながら、チャームを纏っていたこともあって、雲上に戻るくらいの力は残しているようだ。意識も失ってはいない。


「ミュスカ、ミュスカ……! 聞こえるかい、しっかり!」


「う……だ、れ」


「僕のことは気にしないで、今は何を差し置いてもFUBEに戻ることだけ考えるんだ」


「いえ……フリルたるもの、厄災を前に、逃亡など有り得ないわ……! センターが逃げ帰るなんて、どんなに人々を絶望させることか、そんなの、厄災の思う壺じゃない!」


「いいから! 君が翼を散らして地に堕ちる姿を見せる方が酷だろう! 2等星級だと上に伝えて、できるだけ強いフリルを救援に呼んでくれっ」


 そう言って、ディーテは、ミュスカの翼に息を吹き込んだ。


「ちょ、ま……っ」


 満身創痍のフリルの翼を操るなど、これほど容易いことはない。顔を真っ赤にしたミュスカは、碌に抵抗も出来ないまま、闇を突き抜けていった。


 因みに、他のフリルの翼に干渉するのは、大変ふしだらな行為だと言われており、比翼ユニットの契りを結んだものでないとやってはいけないことだ。


 つまり、今のディーテはとんでもないスケコマシである。


 許せ、という思いを込めて見送ったのち、ディーテは疚しさを振り払うように踵を返し、厄災めがけて突撃した。

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