第31話

 ギンギンと鐘が鳴る。


 常闇に覆われた空に、3つの星条が煌めいた。


 地響きのように空気を揺らす歓声。むせ返るような期待感の嵐に、地上は湧き上がる。


 この数日間、誰もが注目し、そのお披露目を待ちわびた、三原色リクロマの新星。


 無風の空間に、一陣の疾風が巻き上がる。木々のざわめきと、人々のどよめきに、歓声が次第かき消されていった。


 キィン……そんな、甲高い音が響き渡り、ドロリと滑り落ちるように、厄災が姿を現した。


 観衆は息を呑む。ぬらぬらと蠕動する球体のまだら模様が、まるで嘲笑のようであった。


 しかし、次の瞬間、人々の視線は、根こそぎ、別のものに釘付けになった。


 3対の純潔の翼が、厄災の眼前に、花開いたのだ。


「待って、待って、ミュスカ、マジ可愛い!! 好みドンピシャなんですけど!!」


「ちょっと目が垂れてるけど、それがちょっと気だるげなランジュ様みたいでイイな」


「モフィたん推すわ……ぜっっっったい星型の衣装似合う、控えめに言って好き」


「ピオニュさま……嫋やかでお美しい……」


 観衆の注目を浴びながら、3翼は空中で華麗なターンを披露した。自らの背丈よりも大きくなった翼で、自らを包み込む。


「おお、月型……最新のトレンドをしっかりおさえてきたか、優等生のミュスカらしいや」


 周囲が双眼鏡の先に夢中になって、周りを顧みていないのをいいことに、ディーテはグリルポテトをモゴモゴ咀嚼しながらつぶやく。


 胸元に咲いた各々のカラーの薔薇から、幾本もの帯が上半身を包み込むように伸び、腰のあたりでリボン結びになって、たなびいている。


 腹部を大胆に露出しているのは大胆さが売りの星型の要素を取り入れているからだろう。


 優美な足を強調するスキニーは、やや透けた素材に、楚々としたレースがあしらわれていて、デビュタントフリルにしては挑戦的なコーディネートであった。


「ミュスカのリボン編み込みローツインはあってるけど、モフィのミディアム髪のハーフサイドテールはちょっと元気過ぎてそぐわないな……あ、でも、ピオニュのアップスタイルかわいい、意外だったけど、結構似合うもんだな」


 私ならもう少し下半身にもメリハリを……そんな寸評を繰り広げつつ、ディーテは同期たちの姿を目に焼き付けた。今後の参考にするためである。


 観衆が息を呑んで見守る中、ピオニュの銃声がガンガンと三発響いた。


 その銃弾が着弾したところに、三原色のバラが咲き、そこからみるみる伸びていく茨が、厄災の降下を戒めた。


 瞬間、モフィがランスを手に飛び出し、三翼を薙ぎ払わんと伸びる触手を切り刻んでいく。


 そうして、接近が許されたなか、満を持してミュスカが縮地と見まごうほどの速度で厄災の本体に接近、銃弾の食い込んで脆くなっているだろう、薔薇を目掛けてレイピアの切っ先を突き出す。


 しかし、その切っ先が届く寸前、厄災が、茨の戒めを振り払うため、衝撃波を放った。


 咄嗟に翼で身を守ったミュスカ。おかげで、吹っ飛んでいくことは無かったものの、随分と羽を散らしてしまう。


 ざわめく観衆。固唾を飲んで見守る中、教会の鐘がギンギンと激しく打ち鳴らされた。


 すると、教会の女神像がみるみる輝き始め、周囲を眩く照らしたかと思えば、一条の光線がミュスカを目掛けて照射。まるで繭のように、ミュスカを包み込む。


「チャームだ!! また投げ銭が出来るようになったぞ!!」


 途端、教会めがけて押し寄せる軍勢。皆が皆、紙幣を握りしめ、我先にと突撃していく。


 そんな喧噪のさなか、壮麗な音とともに、再び、ミュスカの姿が露わになった。


 胸元の薔薇から、肩にかけて、半透明のヴェールが伸び、上腕全体を豪奢に彩っている。腰元にも薔薇が咲き、茨のように足に巻き付いている。棘の代わりに在るのは、深紅の輝石。


「ああ、そっか、チャームを前提にしてるから、最初は装飾が控えめだったのか」


 山盛りのフライドチキンが入ったバケツサイズのかごを抱え、豪快に頬張りつつ、ディーテは呟く。骨ごと噛み砕いては、麦酒で流し込み、傍のカップルをドン引きさせていた。


 今日のディーテは、いつにも増して食欲のタガが外れていた。自由に使える金が大幅に増えたというのもあるが、どこか、食べなければという強迫観念があった。


 その間、厄災を抑えていた二翼のもとに舞い戻ったミュスカは、アイコンタクトで二翼を下がらせ、チャームによって得た力を大盤振る舞い、5体もの分身で厄災に切りかかった。


 消耗を強いられていた二翼もまた、女神像の光線を受け、ミュスカと同様の姿となって加勢。


 ピオニュの背後に顕現した、無数の銃口が、厄災めがけて火を噴いた。ミュスカの分身が抑えていた触手をすべて薙ぎ払った上で、厄災に突き刺さる。


 全体を包み込んだ三色の薔薇によって、厄災は身動きを封じられた。


 その隙を見逃さず、ミュスカが分身たちと共にレイピアをふるい、厄災の表層を切り刻んだ。


 ギイイ……軋むような音が空気を揺らす。瞬間、ビキ、と、割れるような音がして、厄災の表層部が崩壊し始めた。


 オオ……群衆がざわめく。三等星級の厄災のため、表層さえ突破すれば、核が露出する。


 ミュスカとピオニュが飛びのき、モフィの傍まで舞い戻った。二翼同時に、互いの羽を鷲掴み、おおきく振りかぶって、モフィめがけて舞い散らせる。


 モフィもまた、自らの羽を鷲掴み、真上に掲げた。すると、3翼の翼力を結集させ、混ざり合った光が、黒曜石のようにきらめく荘厳な片手槍としてその手に顕現する。


 クルリとターン。同時、真上めがけて放り投げた槍を追随し、突進するように飛行するモフィ。


 放物線をえがき、降下せんと滞空した槍を、追い越したかと思えば。


 槍の柄の先端に、鋭くかかと落としをぶち込んだ。


 ガキン! という音が、静寂を割るように響き渡った。


 隕石のように迸った槍が、厄災の核を貫いたのだ。


 ブツン……断末魔は、そんな、鈍い音だった。高純度の翼力によって構成されたランスによって、崩れ落ちるように浄化されていく。


 静かな厄災の終焉の代わりに、爆発するかのような歓声が、三翼へと降り注いだ。

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