第28話
「正直ね、もう、マンネリを感じてるのよ。フリルときたら、みーんな、清廉で可憐な、美しい乙女の姿。たまには変わり種があってもいいじゃないって思うの。例えば、男性型とか」
アルテアは、そう言って、ディーテの目元を手のひらでそっとひと撫でする。咄嗟に目を閉じ、再び目を開けたその視界には、麗しき妙齢の美男、アベル態に変容した姿があった。
アルテアは、恭しく一礼し、ディーテの髪をひと房取って、そっと口づけをし、うっとりと微笑んでみせる。春の夜の夢のように爽やかで、しかし蠱惑的な笑みだった。
ディーテは暫くその優雅な所作に見とれたのち、みるみる顔を真っ赤にしては、ドギマギと目を逸らした。
ともすれば不躾な挨拶だが、アベルほどの美男がそれをしてみせれば、いやに魅力的なものに見えて仕方がなかった。
「いかがですか、麗しの紫」
「う、ふ、ふしだらです……」
「無意識に誑かす方がずっと罪なことだと思わないかい。オディットになったときの、周囲からの視線に覚えは?」
「あれって、そういうことなのですか……!? で、でも……」
「オディットの姿で、一度、人通りの多い場所に棒立ちしてみるといい。ガラ・ルファのごとく人が寄ってくることだろうから」
妙に気恥ずかしく、ディーテはもじもじと上目がちにアルテアを見つめる。しかし、思い返せば返すほど、腑に落ちる事ばかりだった。
今朝の朝市でも、そうだった。良さげな青果店をば、と通りをあらためていれば、競合がこぞってサービス合戦をし始めるし、バゲットを買い求めに何気なく入ったパン屋の看板娘に至っては、会計のさいまともに言葉を出せないまま、明らかディーテが出した金額より多い釣銭を渡してそのまま店から追い出そうとしたので、宥めるのが大変だった。
ディーテが話しかけた人間は皆、夢を見ているような目で、にわかに正気をなくしてしまうのである。
目の前の怜悧な美青年が、とても同じ時空にある生き物とはどうしても思えず、絵画の鑑賞のように見とれていれば、それがまさか自分に話しかけてくるものだから、認識と現実の狭間で混乱した挙句、頭がおかしくなってしまうのだ。
「でも、男性型のフリルなんて、前代未聞です。受け入れられるのでしょうか」
「今更、君がそんなつまらないことを言うのかい。おかわいいことだ」
「……いぢわるを仰らないでください。ふしだらです。ご禁制です」
魔性の伏し目に覗きこまれては、鼓動が跳ねて仕方ない。アルテアの時の隔絶が、アベル態になった途端、どこかへ消えてしまうのである。困ったことであった。
「君は、自分が一番輝かずともよいと考える、稀有なフリルだ。だから、他のフリルには絶対に出来ない運用ができる。他のフリルの輝きを引き立たせるような立ち回りとか、ユニットの調和を保つための調停役とか、ね」
「あ……たしかに、どんなに付き合いの長いユニットでも、いざ衆目の前に立つと、自分が一番目立つように各々動いてしまうから、連携が取れなくなることもあるって聞きます」
「事前に念入りな打ち合わせをしても、誰かが勝手にアドリブで動き始めて、厄災そっちのけで競合し始めることもあるね」
二翼の間に微妙な空気が漂う。ディーテがランジュを敬愛する理由の一つが、厄災を祓うこと最優先の立ち回りだ。ランジュは他のフリルと違い、いたずらに雷舞を引き延ばすようなことをしないのだ。そのさまは、まさに電光石火。
事実、厄災は地上に留まれば留まるほど力を増していく。いくら人間からの人気が力に直結するからと言って、手に負えないほどまでだらだらと戦いを引き延ばすのはいただけない。
「先程は、君の変幻自在を弱みのように言ってしまったけれども、間違いなく、それは武器だ。演出も手掛ける側の立場からすれば、君のような逸材は願ってもない。期待しているよ」
それじゃあ、実際の運用に向けて、色々と練っていこうか……アルテアは、上機嫌を滲ませながら、ディーテの肩をポンポンと叩いたのであった。
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