第26話

「貴方、本当におかしいわ」


 朝市で目的の食材を買い込み、アパートへ舞い戻ったディーテ。


 翼力を総動員して素早く支度を済ませ、アルテアの分までサラダとポタージュとオープンサンドを用意するところを、アルテアは日課の新聞チェックの最中、ポカンと見つめていた。因みに、手にした新聞はさかさまであった。


 言われるがままにテーブルにつき、アボカドのペーストに生ハムが乗ったオープンサンドをモゴモゴと咀嚼する間も、アルテアはどこか上の空で。


 ようやく口を開いたかと思えば、そんなわかりきったことを言うのである。


「お許しください、差し出がましい真似を……」


「いいえ。貴方フリルが作ってくれたのだもの。美味しくないはずないでしょう。違うのよ。まあ、違うってわけではないか……とにかく。本当に、おかしな子ね、貴方」


「アルテア様がおっしゃるなら、きっとそうなのですね。どうぞ、ご指導いただけますと幸いに存じます」


「ねえ、ディーテ。今までに、変わってるだとか、そんなことをどれくらい言われた?」


「FUBE創始以来だとか、前代未聞だと……言われ過ぎるあまり、いっそ聞かない言葉でございますね」


 変わっているなんて、そんなやさしい言葉では足りないのである。ディーテが変わり者であることなんて、ランジュが最強であることと同じくらい、当たり前のことだから。


 アルテアは、プチトマトにフォークを刺し、これ見よがしに嘆息した。


「地上で腐らせるには勿体ない才覚を持っているのに、ランジュへの思い入れと、人間へのこだわりが、どうにも難儀に作用しているのよね。厄介だわ、どうしたものか……」


「捨てろとは仰らないのですか」


「言うだけなら簡単よ。無責任は趣味じゃないわ。貴方が、今まで誰に何を言われても、自分を変えなかったから、私は貴方を見つけることが出来たのよ」


「せっかく見出して頂いたのに、私は……」


「良いの。誇りなさい。ランジュ以来ですもの、こんな問題児」


 そう言って、アルテアはプチトマトを口に放り込む。ランジュと問題児という言葉がどうにも結びつかないディーテは、何とも言えない顔で下唇を噛んだ。


 ハンサムな顔立ちに似合わぬ情けない顔をして、少し焦がしたパンケーキをモソ……とかじるディーテに、アルテアはコロコロと笑った。


「私、地上の食べ物を美味しいって思ったのは初めてよ。もし貴方の気が向いたら、またお零れにあずかりたいわ」


「……! お零れなんて、そんな、滅相もない……! お褒めに預かり、光栄に存じます。 より満足いただけるよう、精進いたします」


 褒められるということに耐性のないディーテは、弱気になっていた今までが嘘のように、すっかり舞い上がる。


 ディーテのことを手放しに認めてくれたのは、今までエンデくらいしかいなかったし、それがあまりに盲目的なものだから、エンデの言葉はあまり真に受けないようにしているのだ。


 アルテアはアルテアで、随分と長い間、各方面から鼻つまみ者のような扱いを受けていたので、何気なく口に出した本心からの言葉を真に受けてくれ、素直に喜ぶディーテの様子が、どうにも照れくさく思って仕方がないのだった。


「ディーテ、今日のスケジュールだけれど。午前中は、またリーリウム教国の教会本部から呼び出しがかかっているの。でも、喫緊のタスクは昨日であらかた済ませたから、午後からは、貴方のデビュタントに向けた修練を開始します。本当はもう少し様子を見ようと思っていたのだけれど、今朝の貴方の変容を見て、指導方針が定まったのよ。だから、善は急げってことで」


 ディーテは息を呑んだ。それは、アルテアの優先順位の中で、ディーテの指導が他より繰り上がったということに他ならない。


 自分の変容の出来に、それほど問題意識を感じたということだろうか……どうしても、変容の腕に自信が無い(ランジュに見た目を寄せることに限る)ディーテは、そのように考えざるを得ず、不安げにアルテアを見つめた。


「そう身構えることは無いわ。出来ないことを無理にさせる趣味もないから」


 アルテアは肩を竦め、本日5本目の煙草に火をつけたのだった。

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