第25話

 一方、ディーテと言えば。


「みっ、見られた、アルテア様に、あろうことか、ランジュ様を育て上げた、ランジュ様を愛してやまない、アルテア様に……っ!!」


 勢いのままアパートメントから飛び出したのち、人気のない路地裏で、壁に向かって手をついてしゃがみこんでは、オウオウと慟哭していた。


 例えるならば、供養のつもりでアップした好きな漫画のイラストが、原作者に見つかってしまったみたいな気分だろうか。とにかく、いたたまれなさのあまり、羽が根こそぎ抜け落ちてしまいそうな気分なのであった。


「ウウウ……オエ゛……無理……どれだけ無様を晒せば気が済むの……FUBEを抜けちゃったからには、アルテア様に納得頂かないと、戦いに出られないのに……!」


 エンデをこれ以上待たせてしまうわけにはいかない……へそのあたりから手を突っ込まれ、わしわしとかき混ぜられているような焦燥で、胸がいっぱいになる。


 ディーテはフラフラと立ち上がった。とにかく、これ以上、アルテアを失望させるようなことなどあってはならないと。


 ふと、思う。ディーテがFUBEから離脱したことを知ったエンデは、いまごろどうしているのだろう、と。


 今度こそ、見放されてしまったかもしれない……そんな考えが脳裏をよぎり、余計、ディーテは気が滅入ってしまうのだった。


 +++


「グラン・エンデ。どういうことか説明してくださる」


 彼女のプライドの象徴とも言えるマゼンタの髪を、威圧的にかき上げながら、ミュスカは詰め寄る。詰め寄られたエンデの方といえば、療養舟アスクルのベッドの上で、呆然と項垂れていた。


 いつにも増して威圧的なミュスカの声だが、それを一身に浴びてなお、ミュスカの存在すら、認識できているか定かでない、そんな有様である。


 FUBEは震撼した。そも、フリルの養成機関であるFUBEにおいて、「追放」などと言う醜聞は、前代未聞であったのだ。


 それも、前代未聞の問題児……あくびちゃんこと、ディーテが主役ともなれば。


「どうして? 僕ですら、あの子の行方を教えてもらえなかったのに。どうして、君風情が、なにか知ろうなどと思うんだ? 僕のディーテのことだろう。よほど、君には関係ない」


 掠れた声だった。しかし、その喉奥には、厄災のそれにも引けを取らぬ怨嗟がとぐろを巻いていた。


 このエンデ、ディーテが追放され、アルテアの眠りを安定させるリソースとして捧げられたなどという噂を耳にしたとたん、FUBE上層部へ殴りこんだのだ。


「ディーテはどこだ、ディーテを返せ、僕のディーテ!!」


 半狂乱の叫びを狼煙に、周囲の何もかもを吹き飛ばさんと、翼を迸らせたのである。


 人々を魅了してやまない艶やかな美声が枯れるまで、破壊と傷害の限りを尽くしたのち、十数の手によって取り押さえられたエンデは、翼に枷を付けられ、ほとぼりが冷めるまでは、と謹慎を言い渡されることとなった。


「僕のディーテ、ですって? フフ、冗談がお上手ですこと。あの落ちこぼれがFUBEからいなくなった時点で、私とあなたに、どんな差があるというのです」


「君こそ、その落ちこぼれってやつに、一度だって勝てたこと無いくせに。あの子のことで、僕と同じ土俵に立って話そうなんて……君の厚顔無恥もここまで来ればジョークだね。少なくとも、ルーキー世代でさえ、あの子と肩を並べて戦えるのは僕しかいない。厄災と戦ったこともない、殻付きのヒヨコ風情が。身の程を弁えろよ」


 垂れ幕のような緑の髪の隙間から、ギラギラと禍々しく光を放つエメラルドの瞳。翼力を戒められてなお、その捨て身の気迫は、周囲を焦土にしてしまいそうなほどに強烈である。


「私が先でしたのよ……最初に、私があの子を見つけたの! 私が勝って、この力を認めさせたなら、私こそが、あの暁光と並び立つ星になるって……!」


「ふッ、ハハ、ハハハハ……目がつぶれただけの凡翼の分際で! 力を揮えない状態の僕相手じゃないと、マトモに立ってもいられないような腑抜けが、あの子に手を伸ばそうなんて、片腹痛い! 本当、変容ができないくらい、何だって言うんだ。君は、あの子が変容で躓いた時から、あの子を貶めて、それだけでしか、劣等感を慰められなかったって言うのに!」


 あくびちゃんと、そう呼ばれ、馬鹿にされ、嘲笑の的になり……殊更、同世代のフリルに疎まれた、ディーテという雛翼。


 フリリューゲルは、本能的に、自らよりも、輝きの強い同種を疎む傾向にある。


 自らの輝きが食いつぶされ、女神ははおやに目をかけてもらえなくなることが、何よりも恐ろしいからだ。


「変容如き……私でさえも、習得に苦労しなかった、必要不可欠な技能なのに、あんな、取るに足らない試練であの子が躓くなんて、許せなかった……だから、私はッ!」


「あ、そ……どうでもいいけど。とにかく、今は、あの子のことだけに集中したいんだ。話が済んだなら、早く僕の前から消えてくれないかな」


「ハア……貴方なら何か知っているかと思いましたが、とんだ期待外れでございました。それでは、宣戦布告といたしますわね、グラン・エンデ。私が先にあの子のことを見つけ出しますから、指をくわえて御覧になっていらして」


「アハ、精々、君が僕の手間を省いてくれることを願ってるよ。目障りなネオンは撃墜すればいいし、そっちの方が簡単だもの」


 ミュスカは踵を返し、突風のように飛び立っていった。仮とは言え、比翼の契りを交わした相手を失ったフリルは、あんなにも見苦しいものかと、眉をひそめながら。


 狂気的なまでのエンデの気迫に、まんまと気圧されたことから目を背ける、筋金入りの負け惜しみ根性は、欲しくてたまらなかったものを取りこぼした今なお、健在なのであった。

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