第24話
ディーテは、ダイニングに置かれていた姿見の前で、フウと小さく息を吐いた。
朝食の定番、オープンサンドなるものを作るため、ひとまず買い出しに朝市へ繰り出そうと思い立ったのだ。
その前に、いつか厄災との戦いに出る時があると信じて、雲の上でも何度となく繰り返した、ランジュに似せるための変容の練習を少しだけ……と、翼を正しているところである。
日がまだ上り切らず、やや薄暗い室内に、ディーテの翼の輝きが溢れる。
「うわあ……これは……」
バサリと翼を広げ、姿見の前に自らを晒したディーテは、くぐもった声で呻きながら、顔をモニモニと揉んだ。
雲の上と違い、陽光がまだ隠れている地上では、どうしても、翼力のキレが悪くなってしまうのだ。
「ここ最近で一番ダメだな……つらい……」
そう言って、ディーテはガクリとしゃがみ込む。
ランジュの甘やかな目元のかわいらしさを意識するあまり、丸っこく垂れがちになりすぎているところが、何せ気に入らなかった。
ランジュのアーモンドアイは、キュートさと凛々しさが絶妙なバランスで同居している。ディーテの切れ長のとっつきにくい印象を解消するため、試行錯誤を繰り返すのだが、納得の出来に至ったことは今までに一度もなかった。
「眦はもう少しつり上がってるんだよな……あと0.3ミリくらい? でも吊り上げすぎると今度はかわいらしさが減っちゃう……ぅあ~、調整が難しい……この素材、ランジュ様とは系統が違い過ぎるんだよぉ……」
まじまじと見ていけば、枚挙にいとまがない、改善点の数々。堀の深さ、血色感、輪郭、唇の幅……気になり出したらもう止まらなかった。
「どこを正してもどこかしらとつり合いが取れなくなって迷宮入りしちゃうの、どうにかならないかな……バランスを重視したらしたで、ディテールが違い過ぎて、他と大差ないランジュ様の後追いになっちゃうし……」
それが悪いとは言わない。イミテーションでも、美しいものに変わりはないし、ディテールを追い過ぎない方が、オリジナリティとして人々に認識されるからだ。
それに、いつまでもくすぶっているディーテなどよりも、変にこだわりを持たず、ランジュのエミュレートに徹したグランの方が、余程人々の平穏に貢献している。
ランジュを敬愛しているからこそ、どうしても、他のフリルのような妥協が出来ずにいるなんて……甘ったれも良いところである。
しかし、理解は出来ても、納得ができないから、ディーテはほとほと参っているのだ。
「まあ、今日のところはこれくらいにしておこうかな。アルテア様が起きていらっしゃる前、に……」
そう呟きながら、ディーテは立ち上がり、横を向いた。そして、固まった。
室内に、ようやく上ってきた陽光が差し込み、光の加減で濃度を変えるディーテの髪色が、やや赤みを帯びつつ、透明感のある薄紫になって、煌めく。
「ラン、ジュ……?」
青い瞳が零れ落ちそうなほどに目を見開いたアルテアが、絞り出すような声で呟いた。その口に咥えられていたらしい煙草が、ポロリと落下していく。ジリ、と、フローリングの焦げる音が、他人事のように響いて。
「ヒッ……」
ディーテは、真っ白になった頭で、咄嗟に煙草を拾い上げ、そのままの勢いで蹲り、その身を翼で覆い隠した。フウフウと息を荒げ、涙目でオディット態に姿を変える。
「おっ、お目汚し、大変失礼いたしましたァッ!!」
そのまま、地上3階に位置するアパートメントのバルコニーまで素早く後ずさりしたかと思えば、クルリと身を翻し、ひっくり返るかのように外へと飛び出したのだった。
後に残されたアルテアと言えば、フラッシュモブにでもあったかのような顔で、懐から煙草の箱とジッポを取り出しながら、ポツリと独り言ちる。
「何が、変容の技量に差しさわりありって……? あんなの、生き写しも良いところじゃない……!」
カキンと鳴らされたジッポの音が、まるで呆れかえったように、室内に響いた。
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