第21話

「私が貴方に聞きたかったのはこれくらい。次は貴方の番ね。何でも聞いて」


 首を傾げ、瞼を伏せながら、アルテアはカップに口を付ける。先程までよりも、遠慮……というか、よそよそしさのようなものが取り払われている声だ。


 その緩急にドギマギしつつ、ディーテは遠慮がちに口を開いた。


「はい、ありがとうございます。僭越ながら……伝承に聞く、アルテア様と、貴方様との間には、途方もない程の差異があるようにお見受けしました。特に、アルテア様と、ランジュ様との間にある確執のことです。どうしても、貴方様が、ランジュ様を憎んでいらっしゃるなんて思えず……実際のところを、お聞かせ願えますでしょうか」


 きょとん……そんな、鳩が豆鉄砲を食ったような顔だった。アルテアは、至極真面目な顔をしているディーテを暫く見つめ……やがて、堪え切れないように吹き出した。


「アハハ、おかしい! 貴方ってば、この期に及んで、自分のことよりも、ランジュのことが気になって仕方がないのね! フフ、アハハ……これから一体何をさせられるのか、とか、デビュタントのこととか、気にならないものかしら、普通」


「勿論、それは気になっているところですが……私が正規のルートを外れてでも、貴方様からの引き抜きに飛びついたのは、真相を知りたいと、強く思ったからなのです」


「エレクトラの言う通り、本当に変わっているのね、貴方……まあ、そうでもないと、貴方ほど成績優秀な雛翼が、いつまでも巣立ちの試練をクリアできないなんて、ありえないか。ねえ、幻のアイリスさん」


「恐れながら、当代の首席アイリスはミュスカという名のフリルです。マゼンタの美しい髪を持つ、利発な子ですよ」


 気難しく、目障りな落ちこぼれにいちいち突っかかってくるようなところが玉に瑕だが、間違いなく、当代でずば抜けた素質を持ったフリルだ。


 何より、どんなに変容の腕を磨いても変える事の出来ない、フリルの天来色。


 ミュスカのそれは、どこかランジュの輝きを彷彿とさせるマゼンタ。コランダムカラーとも言われる。人間によく好まれる色だ。


「そう、まあ、いいわ。私が、ランジュのことをどう思っているか、本当のところを知りたいのね。というか、貴方なら分かっているとばかり思っていたけれど?」


「分かっているからこそ、不可解なのです」


「あら、すべてを知りたいって言うのね。欲張りなこと……嫌いじゃないわ」


 足を組んで、その上に肘をつき、頬杖。アルテアは、吸い込まれそうな青を見開き、ディーテの顔を挑戦的に見つめる。


 ディーテは、ただ、ジッと、見つめ返した。


 やがて、アルテアは、綻ぶようにホロリと微笑んで、カウチの背にもたれかかりながら、天を仰いだ。


「私はね、アナタたちを愛しているわ。妹たちを守るためなら、どんなに惨めったらしく生きたって構わないって思ってる。でもね、ランジュは別なの。あの子には、どうしたって、縋ってしまいそうになる。本当は、あの子の輝きを、ずっと目で追っていたい。あの眩い星に焼き殺されたなら、どんなに幸せだろうって思うの。だから、遠ざけた。まだ、生きて、やらなければならないことがあったから」


わたしたちのために、ですか」


「いいえ、自分の満足のためよ……だから、今もなお、未練たらしく、あの子を見つめてしまうの。間違って手を伸ばしてしまわないように、遠く地上からね」


 アルテアは、どこか遠くを見ながら、懐に手を差し入れ、煙草を取り出した。ポケットをまさぐり、ライターを探すが、ややあって脱いでしまった背広の方に置いてけぼりになっていることに気付き、肩を竦める。


「火、いただける?」


「は、ただちに」


 ディーテは目を白黒させながら立ち上がり、自身の羽を一枚、火に変えて、アルテアの傍らに跪く。アルテアは煙草をくわえ、ディーテの指先にともった小さな火に顔を近づけた。


 フルフルと震える長い睫毛と、その奥に覗く気だるげな青の最中に、ゆらゆらと火が揺れているさまは、いたく妖艶であった。


「どうしてかしらね。フリルに火をもらったのは初めてだけれど……いつもよりマシな味に感じるわ」


「どうぞ、いつでもお申し付けくださいませ」


「ん……ありがとう」


 ジワリと、インクが滲むような曖昧な笑みで、アルテアは煙を吐き出した。その厭世的な色香にじっとりと魅入られ、翼がジンジンと痺れて仕方のないディーテであった。

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