第17話

「伝説の11翼って、ランジュ様も、ですか」


「ええ。と言うか、むしろ、あの子は……私たちの中でも、ひときわ、ランジュ様の関心を買っていた。末妹だったし、一番のお転婆で、あの御方も手を焼いていたわ。懐かしい、私、ランジュに嫉妬してやまなかったのです。私たち、アルテア様のことが大好きだったんですもの。あの子ばっかり、アルテア様の視線を独り占めしていて、羨ましくて仕方がなかった」


 ディーテは、目を見張った。本当に、伝承なんて、何もかもデタラメではないか、と。


 大革新アルティメット以前のことを身をもって知っているのは、今や伝説の11翼だけ。そんなエレクトラが、わざわざついても仕方ない嘘を吐くとは思えない。


「どうして……」


「どうして、本当のことを教えないのか、ですね。きっと、その答えは、アルテア様のもとで暫く過ごせば、自ずと分かることでしょう。私たちも、やきもきしていたのです。でも、あんなことがあってから、どうにも会いに行くのが難しくって。だって、抜け駆けだってランジュが殺しに来たらたまったものではないわ」


「こっ……」


「冗談なんかじゃありませんからね。アレは本気で殺りにきます」


「えぇ……」


 ズズイ、と、エレクトラは迫真の顔でディーテに迫った。


 混乱の連続に、最早ついて行くのを諦めたディーテは、伝説の11翼のメンバーですらそんな扱いなのに、私如きがアルテア様のお付きになるなんて、万死に値しないだろうか、なんてことを思ったのだった。


「どうして、アルテア様は、私なんかを引き抜こうなんてお思いになったのでしょう。マスター・エレクトラも聞き及んでいらっしゃることと思いますが、私は、いつまでも、巣立ちの試練を突破できない、前代未聞の落ちこぼれです。そんな私が、伝説の皆様の後塵を拝するなんて、烏滸がましいことのように思えて仕方がないのです」


 コクリと俯き、あの、惨めな初陣を思い出す。ディーテは、あろうことか、大革新アルティメット以前を羨ましいなんて宣っていた。それが、どんなに壮絶な戦いか、知りもしなかったくせに。


 どんなにみっともない戦いぶりだっただろう。どんなにみすぼらしい姿だっただろう。


 あんなザマを見て、アルテア様は一体、何を思ったのだろうか。


 アルテア様のお傍で、その手助けをするなんて、自分には荷が勝ちすぎるのではないか……。


 ディーテは、その翼に確と刻み付けられてしまった、今なお鮮烈な無力感に苛まれ、願ってもない話を前に、是が非でも、などと飛びつくことが、どうしても出来ないでいた。


 そんなディーテの不安そうな佇まいに、エレクトラはホウとため息を吐いた。甘やかな慰撫のまなざしだった。


「……それでも、貴方は、単身で厄災に立ち向かった。翼がどんなに薄弱になろうと、どんなに邪気に穢されようと、決して逃げ出さず、厄災の増長を許さなかった。そのしなやかな翼に恥じぬ、誇り高き初陣です」


 アルテア様も、ひたむきな貴方の姿に、きっと、思うところがあったのだろう……ソッと目を閉じ、エレクトラは、撫で付けるような声で呟いた。


 だからこそ、300年ぶりに、弟子を取ろうなんてお考えになったのだ、と。


 300年ぶり……つまり、大革新アルティメット以後、それまで沢山のフリルたちに囲まれていただろうアルテアは、孤独な一翼……否、片翼として、人知れず、地上に暮らしてきたということ。


 フリリューゲルは、基本、群れる生命だ。


 同種のことは自らの輝きを邪魔する存在として疎ましく思うと同時、フリルたちの同族意識は極めて強く、特に、比翼と定めた相手には、いたく執着するきらいがある。


 そんな脆弱性を抱えた種族でありながら、あんなでたらめな伝承を喧伝されて、孤立して……どんなに、堪えたことだろう。


 ディーテは、途端に、アルテアというフリルのことをいたわしく思った。


「ディーテ、どうか、FUBEでのことは気にせず、胸を張りなさい。貴方は、あのランジュを育て上げたグラン・マスターに見出されたのです。きっと、あなたにとって、実りある学びが待っているでしょう」


 ディーテは、躊躇いがちに、しかして、確実に、頷いて見せた。


 その紫の瞳には、真相を知りたいという、青々とした意思が燃えていた。


 エレクトラは、そんなディーテの表情をとろりと見つめては、満足そうに微笑んだのだった。

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