第16話

「ねえ、ねぇ! 聞いた? あくびちゃん、FUBEから追放されるんだって!」


「ええ!? 何、あの子何やらかしたの!? ついに厄介払い!?」


「詳しいことは分からないんだけど、変な事件に首突っ込んで、知っちゃいけないこと知っちゃったって聞いたぁ。地の果てに連行されて、アルテアが目覚めないように、リソースとして捧げられちゃうって……!」


 ズッ、グフ、ゲホ、ゴホゴホ……噂話に夢中になっていた二翼のフリルは、背後から上がった、ただ事ではなさそうな咳に、ビクリと翼を震えさせる。


「ちょっとちょっと、大丈夫?」


 翼で全身を覆うように蹲り、胃をひっくり返す勢いで咳き込み続けるフリルに、フヨフヨと近づく、黄色いショートヘアのフリル。


 橙色の髪をポニーテールにしたフリルは、黄色髪の背後から、怪訝な顔で、濃い紫髪をツーブロックに刈り上げたそのフリルを覗き込んだ。


 同世代に、こんなナリのフリルがいただろうか、と。


「ケホ、コホッ、ッ、あ゛、失礼、もう、大丈夫です。それより、その話は本当ですか?」


「え?」


「あ、その、あくびちゃん、が……追放される、とか」


「ああ! それね、噂話だけど、結構マジな感じっぽかったよ」


「そう、ですか……ありがとう。それじゃあ、私はこれで。心配してくれてありがとう」


「あ、ウン……」


 よろよろと頼りなく飛び去っていく紫髪。つむじ風に吹かれたような気分で、その影を見送り、黄色髪と橙髪のフリルは顔を見合わせて首を傾げ合ったのだった。


 さて、そそくさと飛び去って行った紫髪こと、噂のあくびちゃん当本人だが。


 間が悪かった、その一言に尽きる。


 通りがかり、自分のとんでもない噂話を耳にして、そのあんまりな内容に衝撃を受けるあまり、口に含んでいた飴をウッカリ飲みこんでしまったディーテ。


 咄嗟に蹲り、自分の素顔と、地上で人間に紛れる時の擬態……以降はオディット態と呼称する……を足して2で割ったような変容をして、何とか別人としてその場を乗り切ったのだが。


「それは、確かに、FUBEから離脱することになったってのは事実だけどさ、追放されてアルテア様の生贄に、なんて……噂話にしてもあんまりでしょ……!」


 真正面から雲に飛び込み、羽が凍てついていくのもそのままに、ディーテは頭を抱えた。


 一体、病み上がりのディーテに何があったのか。


 時は、当日明朝まで遡る。


 療養舟アスクル(傷ついたフリルが羽を休め、翼力を養う機能を持つ雲の呼称)に運び込まれた当初は、天地がひっくり返るほど狼狽し、地縛霊もかくやの様子でディーテのベッドの傍らに張り付いていた、過保護なエンデのお墨付きをもらうくらいには回復したディーテ。


 療養舟アスクルから自らの宿舟に復帰したばかりのディーテのもとに、一羽の伝書鳩が舞い込んだ。


 差出人の名は、エレクトラ。伝説の11翼が一翼にして、FUBE創設以来、学長としてフリルの養成を支えてきた、偉大なる伝説級フリルである。


 学長直々の呼び出しに、ディーテは動揺した。それと同時、腑に落ちるところもあった。


 きっと、ディーテが地上で遭遇した、アルテアのことで話があるのだ、と。


 その確信は、事実としてディーテの目の前に現れる。


 蜂蜜のような透き通った黄金の髪を後ろでお団子に纏めた、凛々しい麗人……初めて間近で見るその威風の姿に、すっかり尻込みするディーテを、学長エレクトラはおおらかに迎え入れた。


「ここは、単刀直入に。ディーテよ、地上で、アルテア様と遭遇したと聞きました。貴方は、あの御方をどう思いましたか」


 万人の心を溶かすような、穏やかなアルカイックスマイルで、エレクトラは問う。


 しかし、ディーテは、その瞳の奥に渦巻く、鋭い試問の眼差しを悟り、背筋の伸びる想いがした。


「はい、マスター・エレクトラ……率直なところを申し上げます。とても、お美しい御方でした。とても、あの御方が、伝承によるアルテア様とは、どうしても思えません」


「フム、左様ですか……実はね、あの御方から、私に、直々のお達しがあったのです。貴方の知らぬ間に話を進めて申し訳ないけれど、貴方には、アルテア様のお傍で、あの御方の手伝いをしてもらうことになりました」


「え……!?」


 まさに、青天の霹靂であった。FUBEを卒業したならまだしも、巣立ちの試練すらクリアしていない雛翼が、引き抜きだなんて。ディーテの知る限り、そんな前例はないはずである。


「戸惑うのも無理はありません。私自身、あの御方からそんな申し出が来るなんて、夢にも思いませんでしたよ。ですが、こうも思ったのです。きっと、そちらの方が、貴方のためになるって。……あのね、ディーテ。本当は、アルテア様は……今、伝説の11翼と呼ばれ、神聖視すらされているフリリューゲルを、一翼一翼教え導いてくださった、私たちにとっては、師匠のような存在なのです」


 参ったように眉を下げて、エレクトラはディーテを見つめた。まるで、羨ましいと言われているような気がして、ディーテは翼のおさまりが悪い気分がした。

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