第15話
「堕ちた伝説」。「災厄のフリリューゲル」。
そのフリルは、
月の涙のように透き通る純白の翼を持ち、サファイアのように輝く見事な青い髪をたなびかせる、優雅な美貌。
どんな厄災にも穢されぬ、無類の強さを持ちながら、常に謙虚で、人々を愛し、フリルを慈しみ、多くに慕われる……そんな、非の打ち所が無いフリルであった。
しかし、後の絶対的ナンバーワンフリル、ランジュの誕生によって、そのフリルは道を踏み外すことになる。
自らを凌駕する翼を持ち、天真爛漫かつ傍若無人な振る舞いで、多くの注目をさらっていく、そんなランジュの暴力的なまでの魅力を、そのフリルは疎んだのだ。
故に、ランジュが頭角を現すにつれ、妬みや嫉みといった負の感情に支配されるようになったそのフリルは、キリのない厄災との戦いの最中、強烈な邪気に中てられたことがきっかけとなり、自ら大厄災へと転じ……未曽有の大災害をもたらした。
名を、アルテアという。
史上最悪のフリリューゲルとして知られるアルテアは、大厄災に転じ、悲惨な殺戮を繰り広げた末、ランジュの手によって片翼を捥ぎ取られ、大幅に力を失った。
しかし、ランジュの力をもってしても、倒しきることが出来ないほどに、アルテアの力は絶大であり……仕留める寸前で逃げ出したのち、そのまま行方をくらましたのだという。
ランジュが唯一仕損じた因縁の相手として、ランジュはアルテアを倒すことに執念を燃やしている。
故に、他の伝説級が殆ど一線から退くなか、現役で一線を張り続けているのだとか。
対して、落ち延びたアルテアもまた、憎きランジュを亡き者にせんという妄執を煮えたぎらせながら地の果てにて眠りについたという。
そして、かつての力を取り戻した暁には、再び大厄災として目覚めるだろうと……そう、言い伝えられている。
「こっちの教科書にはのってない、人間界の伝承にしたって、食い違いも甚だしいでしょ……一体、どういうことなの?」
フカフカの雲のベッドに包まれ、目覚めたディーテは、開口一番にそう呟いた。
ぎこちなく周囲を見回す。傍らには、羽の毛並を乱れさせたエンデが座っていて、すうすうと寝息を立てていた。
心配かけたな、と、ディーテはすまなそうに眉を下げ、ため息をつく。
ランジュとアルテアは犬猿の仲。顔を見合わせたら最後、どちらかが死ぬまで殺し合う、まさに因縁の関係。
最早、これは常識と言っても過言ではない、共通認識だ。例えば、混ぜてはいけないものの例えとして、ランジュとアルテアが引き合いに出されることは多い。
赤と青を近づけるな、なんて。デザインにおける彩色ひとつとっても、縁起が悪いとして何となく避けられているのだから、筋金入りだ。
「でも、アベルさんは……」
そう、だとしたら。
アベル・ムスキー、及び、彼が擁するマルメロ商会は、潔いほどのランジュ贔屓で知られている。
商会の顔とも言えるロゴマークも、彼女のイメージカラーである薄紅一色の羽根が二枚クロスしているようなデザインだ。
ランジュの
そして、ディーテがオディットとしてアベルと言葉を交わしたうえでも、そのランジュ愛の深さは推して図るべしといったところだった。
絵に描いたような筋金入りのクインスとは、アベルのために存在する言葉なのではないかと思ったほどだ。
そんなアベルの正体が、アルテア。ランジュを憎むあまり、その身を滅ぼした、災厄のフリリューゲルと。
何より、大幅に力を失って、地の果てにて眠りについているという話はどこへ? しっかり人間界にまぎれて商売やりながらクイ活(クインスとしての活動)に精を出していたが。
「……多分、私を雲上まで運んでくれたのって、アベル……ううん、アルテア様、なんだよね、きっと。またお会いできたら、お礼を申し上げないと」
何より、ディーテは、再びあの圧倒的なまでに美しい、ミステリアスなフリルに、もう一度会いたいと……そう思わずにはいられなかった。
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