第13話
教会による喧伝も無ければ、人々の崇拝のまなざしなど、望むべくもない。まさに、裸一貫の初陣。
FUBEの講義で叩きこまれた戦略理論は頭から吹き飛んだ。ディーテがFUBEで学んだ戦闘のいろはなど、この孤立無援の状況では、ひとつも通用しないだろう。
どうすればいいかなんて、なにも考えていない。ただ、少しでも被害を減らさねばと、その一心で、ディーテは風を切る。
「……っ」
みるみる、ひび割れていく蒼天。そのはざまには、マグマのように煮えたぎる邪気が、生まれ落ちる瞬間を待ちわびて、今か今かとこちらを覗き込んでいる。
上手く息ができず、ヒクヒクと喉をひきつらせながら、ディーテは自らの翼に手を突っ込み、鷲掴むように、自らの羽毛をありったけむしり取る。
瞼を閉じた。つややかな睫毛が、フルフルと震える。
いつか、教材として見たことがあった、神秘のヴェールの降ろし方。
人々に厄災の堕天を悟られたが最後、地上は混乱の坩堝に叩き落とされる。
歓喜から一転、恐怖に染まった大衆の悲鳴は、どんなにか厄災を肥え太らせることだろう。
厄災を勢いづかせる前に、死力を尽くして、その存在を隠し通さねば……開眼したディーテの紫の切れ長に、グラグラとにじみ出るような、壮絶な覚悟が宿る。
両手と翼を同時に広げる。舞い上がった羽は、オーロラのような光帯になり、ゆらゆらと揺らぎながら、ディーテと厄災の幼生の周りを囲んだ。
キィィィ……金属同士が擦れるような、不快な音が、ディーテの耳を苛んだ。
どうあがいても拙い、ディーテのヴェール。しかし、小さな厄災が堕天を果たした瞬間を、人々の目から隠し通す応急措置としては、十分なものだったらしい。
それでも、ディーテの背丈の2倍ほどある禍つ星は、自らに纏わりつく煩わしいオーロラを霧散させようと、四方八方へ触手を伸ばす。
「させない……っ!!」
ディーテは瞬く間に3枚の羽から短刀を顕現させ、それを両手に駆けた。
オーロラに触れようとする傍から、木端微塵に切り刻まれていく触手。ディーテの輝きに焼き尽くされ、塵となって消えていく。
しかし、依然、面妖な邪気をグラグラと放つ厄災の力は、とどまるところを知らない。
対するディーテの翼は、邪気に汚染され、ハラハラと羽が抜け落ちていっており……分かりやすく、消耗が強いられている。劣勢も良いところだ。
そもそも、厄災との戦闘において、ソロで立ち向かうことが出来るフリルなんて、伝説の11翼を始めとしたトップフリルの、さらに一握り。
それも、人間からの崇拝の後押しが前提だ。あのランジュでさえ、
単騎で、崇拝による翼力増強もなく、
それでも、ディーテは、絶望だけはしなかった。厄災が糧にするのは、人間の絶望だけではないから。
厄災に立ち向かうフリルとして、易々と厄災を増長させるような真似をしてはいけない。故にこそ、フリルに、絶望は許されていない。
オーロラの発生源であるディーテに狙いを定め、数えきれないほどの触手が迫る。
ディーテは、短刀を握りしめ、次第に圧されながらも、それらを切り刻み続けた。
救援が来るまでは、何とか持ちこたえる……ディーテはその一心で、惜しげもなく、翼力をふるった。
ゴォ、と、厄災が吠える。濃密な邪気による衝撃波が、ディーテめがけて降り注いだ。
ごっそりと羽が抜け落ちる。最早、滞空するのがやっとなほどに、翼力が削られていた。
それでも、出来損ないのヴェールだけは、保ち続けた。薄氷の上を歩くような綱渡り――ひとえに、執念と、
「————ッ、あ」
視界が揺らぐ。最早、意識を保っているのも奇跡なほどに力を削られてしまったディーテに、再び迫り来た触手を対処する余裕などなく。
ああ、誰にも見られていないフリリューゲルとは、こんなにも無力なのか、と。
触手に絡めとられながら、そう、ディーテは思い知った。
同時、ディーテのオーロラが、呆気なく砕け散る。
薄暮の空に、インクが滲んだような闇がじわじわと広がっていく。
せめて、被害が最小限抑えられる場所に。朦朧とする意識を総動員して、ディーテは、随分と小さく縮んでしまった翼を、それでも広げた。
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