第12話

 歓声、拍手、ランジュの名を呼ぶコール、はじけるような笑顔……その場に居合わせた者たちによって、輝かんばかりの喜びが、地上を満たす。


「やっぱり、ランジュ様は最高だ!!」


「でも、もう終わりか……呆気なかったな」


「もうちょっと厄災が粘ってくれれば、まだまだランジュ様の活躍が見れたのに」


「馬鹿言わないで、長引けば長引くほど、厄災の危険度は跳ね上がるのよ! ランジュ様の采配に間違いなんてありえないわ……!」


「文句があるのはランジュ様じゃなくて厄災の方だっつの」


「ランジュ様が素早く厄災を片付けてくださったのに、感謝するどころか、呆気ないなんて文句をつけたのよ、ランジュ様への背信行為に他ならないでしょう!」


「これだから狂信者は話が通じないって言われるんだぞ」


「なんですって!?」


 ディーテとアベルは、背後で繰り広げられる微笑ましい言い争いに顔を見合わせ、苦笑した。


 しかし、ふとディーテは違和感を覚える。厄災が祓われ、他でもないランジュによって、祝福ファンサが惜しげもなく振り撒かれたというのに、どうして人々の間で不和が起きているのだろう、と。


 ランジュの祝福ファンサともなれば、それは女神の代弁と言っても過言ではないほど強烈なものだ。厄災の糧となる負の感情が不思議なほど湧かなくなり、これまでにない程の活力に漲る……そんな作用があるものなのに。


「オディット?」


 ディーテはハッと我に返った。怪訝な顔でディーテの瞳を覗き込むアベルに、なんでもない、と、そう返そうと口を開く。


「あ……」


 ディーテの顔色が一瞬にして蒼白になる。目を見張るは、アベルの背の向こう側。


 ほんの、僅かな兆しだった。取るに足らぬ、だからこそ、未だ誰にも顧みられない。


 たった今、その存在に気付いたのは、地上にてディーテただ一人だけだった。


 厄災の、堕天の兆し。四等星相当だろう、小さな禍つ星……凶星が、北東の蒼天に、ひっそりと揺れていたのだ。


(どうして、厄災が立て続けに堕天した事なんて今まで無かったはずなのに……!)


 そう、だからこそ、地上からディーテが目視できるところまで堕ちてきた凶星に、雲上のどのフリルも気づいていないのだ。


 厄災が堕天し、祓われた直後……少なくとも3日は、厄災の堕天はあり得ないとされている。


 ランジュの出撃とあって猶更、雲上の警戒態勢が最大限緩んでいるだろう今、ただちに雲上に舞い戻って伝達したところで、堕天までにフリルの出撃が間に合うとはとても思えない。


 ガンガンと軋む思考回路。混乱と焦燥に奥歯を噛み締め、痛むこめかみを指先で押さえる。


 四等星相当。取るに足らない等級だとしても、堕天すれば最後、未曽有の破壊が齎され、多くの人命が、夥しい文明が、破壊の憂き目にあうだろう。


「行かなきゃ」


 落ちこぼれが、何だ。ここで逃げたら、翼の羽折れもいいところだ……ディーテは、臓腑の底から込み上げるような震えを、それでも振り切って、観覧席を飛び出した。


「オディット……!?」


 アベルの困惑の叫びに、ひとつ、ごめんなさいと呟く。


 ディーテは一瞬だけ擬態を解除し、目にも止まらぬ早さで自身に不可視の術をかけた。


 飛翔しながら、一枚、羽を抜き取り、息を吹き込む。瞬時に伝書鳩へと姿を変えたソレに、ディーテは「北東の空に凶星が発現! 救援を頼みます!」と叫んだ。


 エンデのもとまでお願い、と、翼力を込める。すると、伝書鳩は突風のように飛び立っていき、雲間へと飛び込んでいった。

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