第11話

 数十年ぶりかとも思われる、月型のコーディネートだった。


 スラリと伸びた、しなやかな足の曲線美。牡丹のようなフリルで彩られたフロントスリットから覗く、ガーリーな編み込みの13㎝ヒールショートブーツブーツが、エレガンスな全体の印象とコントラストになり、斬新ながらも目を惹く。


 まさに華麗だった。


 花や星と違い、やや控えめになってしまいがちな月の型を基盤にしつつも、所々に可憐な要素をちりばめ、月型では浮いてしまいかねない華美な意匠に調和を持たせている。


 その上で、ランジュの完璧なプロポーションを絶妙に引き立たせているのだ。


 そして、ストレートロングだった髪は見事なウェーブがかかり、編み込みハーフアップがゴールドの月桂冠で彩られていた。


 いたるところに光るダイヤの白銀が薄紅の髪を引き立たせ、ミルキーウェイのように幻想的である。


「君の言った通りだ。月のスタイリングが、ここまでランジュの魅力を強調してみせるとは」


「いいえ、僕の夢想なんて、ランジュ様の美的センスと比べてしまったら、おままごとのようなものです……現実には、到底及ばない」


 甘美のため息を零すディーテの美貌が、こっくりと蕩ける。アベルはハッと息を呑んだ。飲みこまれそうなその妖艶が、この世のものとは思えぬほどに凄絶であったから。


 突如、周囲からワッと歓声が上がる。我に返り、咄嗟に天空ソラを見上げれば、殆ど真上程の至近にて、ランジュが輝きを振り撒いていた。


 美の代名詞が、うっとりと微笑む。そのさまは、脳の奥が痺れるほどに可憐だ。ディーテなどは、その祝福ファンサに中てられ、ほとんど茫然自失である。


 ふわりと、宙に浮かぶランジュが、優雅に身を捩る。誰もがその動向に目を見張る中、ディーテとアベルの座る観戦席の目の前に降り立ち、真っ直ぐに厄災を見据えた。


「おまたせ。いくよ、ボクだけを見ててね」


 パチッ、指を鳴らす音。同時、ランジュの翼ほど大きく、豪奢な大弓が、その傍らに顕現する。


 尋常なるフリリューゲルであれば、すぐさま翼力の枯渇に見舞われるであろう、事象干渉の御業。


 しかし、ランジュの翼は小さくなるどころか、なおも膨らみ続けている。羽の色はもはや、純白を通り越し、虹色の輝きを放っていた。


 最大限に人間からの崇拝の後押しを受け、最早飽和状態になっている証左だ。きっと、どんなに大盤振る舞いしても、今宵のランジュの翼力が尽きることはあり得ないだろう。


 毎度のことながら、惚れ惚れするほどに圧倒的だ。


 観衆が息を呑んで注目する中、ランジュは羽を三枚ほど引き抜く。すると、それは目にも止まらぬ速さで槍ほど大きな矢に姿を変え、ひとりでに、大弓へとつがえられた。


「BAN!」


 腰に手を当て、逆の手で、銃のように厄災を指さし、可憐にウインク。瞬間、ディーテ達のいる観戦席は黄色い歓声で包まれる。


 バタバタと強かな転倒音まで聞こえるほどの熱狂ぶりである。アベルばかりがその惨状を苦笑に付していた。


 ガキン! そんな、硬い鉱物同士がぶつかり合ったような音が、遅れて響いた。


 地上に到達する寸前だった厄災のど真ん中を、ランジュの放った矢が貫いたのだ。邪気が渦巻き、唸るようだった厄災は、キイン、という断末魔を上げ、ボコボコとぎこちなく膨張し始めた。


 何とも呆気ない。ランジュの見せ場を用意できるほどの器が、この厄災には無かったのだ。


 温度のない瞳で、ランジュは厄災を睥睨した。他愛ないとばかりに肩を竦めると、厄災を貫く矢がみるみる姿を変えていき、有刺鉄線のように、膨張し続ける厄災をギリリと戒める。


 間もなく、その時は訪れた。


 ギッ、そんな、ヴァイオリンの絃が軋むような音がした。瞬間、厄災は静かに爆ぜる。


 まるで、夢から醒めたかのように、闇が晴れた。女神の眼差し……即ち、太陽の光が、再び大地を照らす。雲一つない蒼穹の最中、それを一身に受けたランジュの姿は、まさしく虹そのものだった。

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