第10話
すっかり意気投合してしまったディーテとアベルは、以降も打てば響く会話を楽しんでいた。
話せば話すほど盛り上がるランジュ談義はとどまるところを知らず、ディーテはアベルの知識と造詣の深さに恐れ入るばかりだった。
平気で、72年前の厄災討伐の話を昨日のことのように話すアベル。
まるで、自らの目で見ていたかのような詳細な話しぶりに、まさかこの人は自らよりも年上なのだろうか、なんてことを、ディーテは思わずにいられないのである。
なんとも不思議な御仁であった。故にこそ、ディーテは、底知れない魅力をアベルに感じていた。
「む、来たか」
ワァ……沸き立つような歓声が、混沌のざわめきを一掃していく。すっかり厄災の夜闇に侵食されていた白昼の空に、薄紅の彗星が煌めいたのだ。
紛うはずもない、ランジュの降臨を知らせる光明だ。
人々の歓喜に触発されたか、いつまでもくすぶっていた厄災が、遂に具現化を果たし、沼に沈殿していくかのように、空から地上へと降下していく。
禍々しいほどに紅く、どす黒い邪気を纏った厄災の姿は、何物も焼き尽くして灰塵と帰す、悪夢の中の太陽のようだった。
しかしその存在も、ランジュの登場を彩る舞台装置としか、人々は認識しない。それほどまでに、ランジュと言う存在は鮮烈なのである。
ああ、と。ディーテは、紫の瞳に恍惚を浮かべる。まさに、フリリューゲルの理想。人々の希望の光として在り続け、堕天するハナから、厄災を圧倒してみせる、無比の翼。
シャル……澄んだ鈴のような音が響き、地上は一斉に静まり返った。常闇の
今はまだ、質素な衣だけを纏ったその姿だが、既に目を焼き焦がすほどの神秘に思えてならない。人々はその美しさに呼吸も忘れた。そのまま、涙を流すものまであった。
そんな最中、ゴウン、ゴウン、と、鐘の音が鳴り響いた。地上から、フリルのバックアップを担う教会の手により、幾筋ものライトアップが成される。
地上はすぐさま沸き立った。まさに最高潮、歓声が唸るような轟音になって空気を揺らす。
示し合わせるまでもなく、一斉に、そのフリリューゲルの名をコールする群衆。
ランジュ、ランジュ、と、大地の脈打つ音の如く。
そう、呼ばれるごとに、その大きな翼は、更に大きく羽を広げていく。幻想などではない。人々の崇拝による後押しを受けて、ランジュの翼力が、みるみる膨れ上がっているのだ。
パパラチアのストレートロングが、無風の空にたなびいた。
同時、胎児のように体を丸めていたランジュが、四肢を大の字に投げ出す。
すると、今もなお左右に輝きを広げていく翼から、無数の羽毛がひとりでに舞い上がり、みるみるランジュの全身を包んでいく。
誰もが、ランジュに釘づけだった。人々の悲嘆や絶望を受けて肥え太る厄災は、最早一顧だにされず、所在なさげにも見て取れるほどだった。いっそ哀れである。
「妬けるなあ、オディット。君の願望が通じたらしい」
「え、あ」
素肌のほどんどを覆い隠す繊細なレース。優美な腰のラインから垂れ下がるゆったりとした裾がたなびくさまは、深海の海月のように優雅だ。ピンクゴールドの装飾がチラチラときらめくさまと相まって、夢幻かと思わせるほどに美しい。
露出は極めて少ない。しかし、昨今の傾向からして、ここまでボディーラインをはっきり強調する今日のスタイリングは異色であった。
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