第8話

「今日のランジュ様もきっと、この世のものとは思えないほどお美しくていらっしゃるんだろうな……今日はどんなご気分だろう、花型かな、風型かな、月がいいな……」


 フリリューゲルが、人間のお布施をチャームに変換し、自らを着飾るときの采配は、フリリューゲル自身に委ねられている。


 より人間たちの心をつかみ、お布施をはずんでもらえるよう、コーディネートのセンスを理論的に学ぶ授業も、FUBEのフリル養成カリキュラムに含まれているのだ。


 なお、ディーテがうっとりした顔で呟いたこの「花型」だとか「月型」だとか言う言葉も、ファッションリーダーであるランジュのコーディネートを分析・理論化する上で提唱された概念である。


 ランジュに追随することに必死なフリルたちは、彼女の立ち居振る舞いの分析に余念がなく、人間とは別の意味で、血眼になってランジュの戦いを注視しているのだ。


「ランジュに月? 星ならまだしも、なかなか面白い着眼点してるね、君」


「ヘッ」


 自分の世界にひたっていたディーテは、突如隣から半笑いの声をかけられ、素っ頓狂な声を出して飛び上がった。


 そのはずみで咀嚼途中だったケバブサンドの塊を飲みこんでしまい、あやうく死因が窒息になってしまうところであった。


 近寄りがたいほど優雅な美青年の姿をしているディーテが、世界の終わりかというほど、あまりに激しく咽るものだから、ディーテに声をかけた……これまたスサマジイ美貌の男性は、やや面食らいながらディーテの背中を軽く叩いた。


「ゲフッ、ゴホッ……す、ませ……っ」


「や、こちらこそ、不躾にすまなかった。君が構わなければこれを飲むといい」


 目の前に差し出された瓶に、ペコペコと頭を下げながら、ディーテは有難く受け取った。殆どひっくり返すような豪快な飲みっぷりに、男性はクスリと吹き出す。


 その、綻ぶような気さくな笑みにも、いちいち気品がついてまわる。つい見入ってしまうような独特の魅力を纏う、名画のような美男だ。


 ディーテもまた例にもれず、芸術を堪能するようにじっくりと、目の前の男性を見つめてしまった。


「落ち着いたかい?」


「お見苦しいところを……どうもすみません。お水助かりました」


「よかった、よかった……興味深い呟きが聞こえてきたものだから、好奇心をおさえられなくてね。つい、声をかけてしまったんだ」


 ずずい、と迫られ、気圧されるディーテ。熱心なクインス(ランジュの崇拝者クラスタの通称)であるらしい男性の、好奇心の奥に潜む値踏みするような色が渦巻いた瞳が見開かれる様には、たじろぐほどの迫力があった。


 論文発表の際、FUBEの名だたる教師陣から視線を浴びた時を思い出したディーテは、落ち着かない鼓動に冷や汗をかきながら、反射的に居ずまいを正す。


「あ……月型のランジュ様の話、ですか?」


「うん。ほら、月っていえば、エレガンスが売りの定石だろう? 最近のトレンドで言えば、ガーリーで軽やかなスタイルの、花か風、ニッチなところでも星が好まれがちだから、今時月のランジュ様を見たがる信者クインスは珍しいと思ったんだよ」


「確かに、最近の翼画ブロマイドで描かれるランジュ様は花や風が多いですよね。ランジュ様の類稀なる可憐な美しさを彩る、まさに正統派のスタイルですから、それが好まれるのもよく分かりますし、勿論僕も大好きです」


 特に、大衆受けするのは花型のスタイルだろう。花型のスタイリングでランジュを上回るフリルは、古今をあらためても一翼とて存在しないと断言できるほどだ。

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