第7話

 白昼の蒼天を、溢れんばかりの闇が食いつぶしていく。目にも止まらぬ早さで、大地は夜に包まれた。本能的恐怖を抱かせるような悪寒のする寒空である。


 しかし、対照的に、地上は熱狂に満たされていた。


 厄災の堕天。生きとし生けるものはすべて、恐怖と狂気に頭を支配されて然るべきであるはずの、滅亡の前触れだ。


 しかして、人間たちといえば。


 他の生物が巣へと逃げ帰り、世界が静まり返る最中、彼らばかりが、地上を埋め尽くし、期待と興奮に瞳を輝かせながら、天を仰いでいるのである。


「ランジュ様!! ランジュ様!!」


「何カ月ぶりかしら! 嬉しい、私このために生きていると言っても過言ではないわ!」


「すげぇ、まだ具現化してもないのに、もう投げ銭が限度額の半分超えちゃったよ。流石はランジュ様。格がちげぇや」


「今日はどんなお姿を見せてくれるのかなぁ、楽しみ!」


「月給全額ベット……ああ、どうか、一瞬でもいいから、ランジュ様の髪飾りの一粒くらいにはなってくれ……っ!!」


 教会に並ぶ長蛇の列。ランジュへのお布施を捧げるために金銭を握りしめる人々の目は、ギラギラとした執念が宿り、血走っていた。


 何故ここまで彼らが必死に私財を投じるのか。


 それは皆、自身のお布施が、美貌を彩るチャームとしてランジュに認識され、彼女の輝きの一部となることを至上の喜びにしているからである。


 お布施の額が多ければ多いほど、ランジュの美貌を彩るチャームの比重は大きくなる。


 そして、その輝きに貢献した者には、厄災を倒すことでランジュが女神から授けられる祝福の分け前が与えられ、人生に幸運が訪れると言われている。


 フリリューゲルは、女神の使徒という生きた偶像であり、人々の願望を女神へ伝達するための器でもあるのだ。


「今日も大盛況だな……早めに教えてくれて助かったよ、エンデ……」


 見目麗しい男性の姿に変容したディーテは、そう言って、参ったようにケバブサンドを咀嚼した。


 切れ長の目元が涼やかな、いかにも高貴そうななりをした麗人が、教会によって一般開放されている雷舞観覧席の最前に座り、そこら辺の出店で買えるようなケバブサンドに舌鼓を打っている。


 早い話、場違いにも程があった。今日がランジュの数か月ぶりの雷舞でもなければ、その姿は市井で大いに浮いていただろう。


 周囲にいる女性たちは、ランジュの勇姿を見届けに来ているはずが、ディーテの姿にチラチラと目を奪われている始末だ。


 なお、その視線を受けるディーテは「今日の変容なんかおかしかったかな、いつも通りなのに」などと頓珍漢なことを考えている。


 そう、いつも通り。ディーテは、ランジュの出撃を聞きつければ、必ず人間の姿に擬態し、地上に降りてランジュの雷舞を観戦するのだ。


 理由は簡単。


 ディーテがFUBEにて変わり者と疎まれる所以。本能的に、自らよりも輝きの強い同種を嫌厭するきらいのあるフリリューゲルという種族にあって、ディーテは、人間のそれと並ぶほどに、ランジュを敬愛しているのである。


 その熱狂ぶりと言ったら、巣立ちの試練で、ランジュの似姿に変容する自らを、第三者の目に晒すことが、ほんの数瞬でも耐えがたく思い、合格規定時間のあいだ術を保つことが出来ないほど。


 そう、ディーテは、ランジュのことが好きすぎるあまり、変容の試験をクリアすることが出来ず、落ちこぼれとして、いつまでも雛翼のままくすぶっているのであった。


 ディーテ以外のフリルは知るよしも無い。ディーテは変容が下手なのではなく、ランジュの似姿に変容することが苦手なのだ。そのため、このように人間の姿に擬態することは何の苦も感じず、息をするように保つことができるのだった。

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