第6話

「グラン・エンデ。助けてくださってありがとうごさいました」


 ディーテはぬるま湯のような声で最敬礼のカーテシーをする。フリルの世界は完全序列制。先達グランに対して、雛翼プティが取るべき礼儀の模範であった。


 しかし、エンデはそんなディーテの態度に、仕方がないものを見るような目で、手のひらを翳した。


「いい、いい。他人行儀はよしてくれ。翼が毛羽だってかなわん。それに、僕は君を守ったんじゃないから。だろ、ディーテ」


「……もう、買いかぶらないでよ、エンデ。私なんか、出来損ないのあくびちゃんなんだから」


「変容がうまくできないくらいなんだ。お前のこと気に入らない連中の言うことなんか真に受けるなって」


 ディーテに対してこんな慰めをかけるフリルなど、天空中を探してもエンデくらいのものだろう。ディーテは感極まったようにゆっくり息を吸った。しかし、息を吐くにしたがい、そのかりそめの歓喜も儚くしぼんでいく。


 本当は、エンデの言葉を真に受けられるほど、夢を見てなどいないのである。


「でも、変容ができないとお話にならないのはほんとうよね。地の力だけで厄災に立ち向かっていた大革新アルティメット以前とは、厄災の規模も力も次元が違う。どうしたって、人間さんのお布施でチャームをもらわないと、厄災相手じゃ戦いにすらならない」


 人間好みの容姿に姿を変えて、魅了して。


 素の力がどんなに貧弱でも、関係なく。厄災との戦いでは、人間からの崇拝を勝ち取ったフリルこそ、強く在れるのだ。


「まあ、そう、思い詰めるな。僕はいつまでも君のことを待ってるから」


「……うん、ありがとう、エンデ」


 ディーテの髪を優しく漉きながら笑いかけるエンデに、ディーテは曖昧な微笑みを返す。


 その言葉こそ、ディーテの焦燥を煽っていることに、エンデは無自覚だった。


 デビューを果たして20年以内のルーキーでありながら、すでに一線級の実力と実績を持つエンデは、まさに引く手数多。エンデと組みたいと思っているフリルは吐いて捨てるほどいる。


 それでも、エンデはすべての誘いを蹴り、ソロで居続けているのだ。


 まだ、エンデがディーテの姉雛グランとしてFUBEに所属していたころ。宿舟(FUBEの雛翼たちが寝食を過ごす雲のこと)をともにしていた二翼は、志を同じくする無二の友として約束した。


 いつか、二人で比翼ユニットを組もう、と。


「ああ、そうだ。大事な用事を忘れるところだった! ディーテ、今しがた、南西の方角に凶星が出た。2等星級だ。どうやら出撃を予定していたユニットには荷が勝ってしまって、急遽ランジュ様が出ることになったらしい」


「本当!! 私、行かなきゃ!!」


「ああ、いち早く君に知らせようと思って。実はコラボの打ち合わせすっぽかしてる。そろそろオカンムリの奴らが武装してやって来ると思うから、私はもう行くよ。気を付けて降りるんだぞ」


「ありがと、エンデ。貴方も気を付けて」


 コクリ、と、涼しげな笑顔で頷き、エンデは颯爽と飛び立っていく。そしてその数秒後、「エンデーーッッ!! オドレ急に飛び出してどこ行きおったこのバカタレェ!!」という怒号と共に、4翼のフリルが上空を通りすがっていった。


 その影を苦笑いしつつ見送り、ディーテはクールな目元に隠しきれないほどの高揚を滲ませて、フルフルと翼を震わせた。


 鮮やかなターン。全身を己の翼で包み込み、そのまま、ディーテは地上へと落下していった。

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