第5話

 光輝の化身であるフリルが天空ソラを翔けるさまになぞらえ、いつからかそう呼ばれるようになった厄災との戦い……雷舞ライブ


 雛翼すうよくが、一人前として人々にお披露目を果たすデビュー雷舞では、小規模の厄災との戦いが振り分けられる。


 とは言え、厄災を相手取るだけあり、命がけの戦いに変わりはない。生き残るために、本番までは脇目も振らず自らを磨くのが真っ当というもの。


 だから、こうやって、やに下がった顔を引っ提げ、自分の目の前にやってきては、落ちこぼれを見下すのに時間を浪費する方が恥ずかしいのではと、ディーテは本気で思ったのだ。


 そんなディーテの心からの指摘に、ミュスカはわなわなと震え、怒り心頭とばかりに鼻を鳴らした。


「落ちこぼれの分際で、一丁前に私たちに意見するのね。 片腹痛いわ。身の程を教えてあげる! モフィ、ピオニュ、フォーメーション・ラムダ!」


「あい!」


「イエス・マム!」


 バサリ、両翼をめいいっぱいに広げ、ディーテを包囲する三翼。各々、自らの翼から羽を五枚抜き取り、ミュスカはレイピアを、モフィはランスを、ピオニュは拳銃を顕現させる。


 しかし、そんな三翼に取り囲まれ、多勢に無勢極まれりといった状況に追い込まれたはずのディーテは、うんざりした顔で、一枚、羽を抜き取っただけだった。


 三翼が武器を構える。張り詰めた糸のような緊張感があった。しかし、その中心にいるはずのディーテは、つまらない映画でも見ているかのように立ちすくむだけで、碌に構えもしない。


 そんなディーテの態度にこめかみをひきつらせるミュスカ。シィ……と、噛み締めた奥歯から漏れ出る吐息が、彼女の苛立ちを如実に表していた。


 カチ、と、撃鉄の音が鳴る。


 瞬間、ミュスカとモフィの翼が躍動し、ディーテめがけて、各々の武器の切っ先を突き出した。二翼を追うように発砲音が炸裂する。


 しかし、あと数ミリで、3つの凶器がディーテの身体を貫こうかという状況に追い込まれてなお、ディーテはそちらを一顧だにしない。暢気なものである。


「ハァイ、そこまで~」


 突如、パキン……と、そんな音が響いた。途端に、三翼の構えていた武器は粉々に砕け散り、砂金のように雲の最中へ紛れていく。ミュスカは血相を変えて、声のした方角を振り返った。


「全く、結果がわかりきってるフリル同士の戦いほど不毛なものは無いのに、翼力を無駄遣いするものじゃないよ、プティちゃんたち」


 手にしたステッキをクルクルと弄びながら、その場の空気感にそぐわぬ笑顔を振りまく介入者に、ミュスカはギリと奥歯を軋ませる。わなわなと震える翼は総毛だっており、能天気なそのフリルの声に神経を逆撫でされ、怒り心頭と言ったところらしい。


「いいえ、グラン・エンデ。貴方が特別贔屓しているこの落ちこぼれと違って、私たちは翌月にデビュタントを控えておりますの。もう雛なんかではありませんことよ」


「ああ! おめでとう。感慨深いものだ。だがね、実戦で厄災を祓ってようやく、君たちは一人前として羽化するんだよ。それまでは決して気を抜いてはいけない。こんなところで油を売るなんてもっての外だろう。ああ、それか、ディーテの代わりにこの僕が、君たちの鍛錬を手助けしてあげようか」


「……っ、お構いなく! 行くわよ、モフィ、ピオニュ!」


 マゼンタの髪を振り乱し、ミュスカは飛び立っていった。ピオニュはオロオロとその後を追い、モフィはディーテをキッと睨みつけ、捨て台詞を吐いた。


「精々、無駄な努力を頑張れよ。女神様の欠伸から間違えて生まれたに違いないお前なんかが、アタシたちに追いつけるなんて、これっぽちも思わないけど……なっ、あくびちゃん!」


「おいていかれるぞ~」


 エンデは腰に手を当て、肩をステッキでポンポンと叩きながら、二翼の飛び去って行った方角を顎で指し示した。


 貼り付けたような笑顔に、邪魔者への苛立ちを垣間見たモフィは、肩をビクリと震わせ、慌てて二翼を追って飛び立っていく。


 その影を見送りながら、エンデは参ったように大きくため息を吐いた。肩を竦める仕草は、肩口にて切りそろえられた濃緑の鈍い輝きが揺れるのと相まって、何とも小粋であった。

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