怪談『夕涼み』と、真相『暗がりのベンチ』


 こんな怪談がありました。


『夕涼み』


 オバケではありませんが、ちょっと怖かった話です。


 職場の飲み会で遅くなり、終電を逃してしまった日のこと。

 夜間で、割増し料金になっているタクシーで帰るお金はありません。

 カラオケや漫喫で、始発までの時間を潰すことも考えましたが、普段使わない地下鉄で帰ってみることにしたんです。

 普段使っている路線は終電時刻が早く、ちょっと歩きますが別の路線でも帰る方法がありました。

 なので地図を検索しながら、そちらの駅まで歩いてみたんです。



 夏場でしたが、夜なので涼しい風は流れていました。

 右側に倉庫のような広い敷地が続き、左側には新しいマンションが立ち並ぶ合間の道を歩いて行きます。

 街灯は明るいものの、人通りはありません。

 倉庫群とマンション群に挟まれた道は思ったより長く、知らない土地を歩いていると、本当に目的地にたどり着けるのか不安になってきます。

 スマホで道順を確認しながら歩いていると、道の向こうから鼻歌のような声が聞こえました。

 見ると、赤ちゃんを抱いているらしい50代くらいの女性が、ゆっくりと歩いて来ます。

 赤ちゃんが夜泣きでもしてしまったのでしょうか。泣き止むまで、若いお婆ちゃんが散歩に連れて来たのかなと思いました。

 時々赤ちゃんに笑顔を向けながら、背中をポンポンしています。

 マンション側に小さな児童公園が見えたので、赤ちゃんを連れて公園でひと休みするのかも知れません。

 マンションなどの集合住宅だと、赤ちゃんの夜泣きも御近所トラブルになってしまうのかなぁと思っていました。


 夜中の倉庫群もマンション群も、しんと静まりかえっていました。

 赤ちゃんは泣き止んでいるのか、静かな道に女性の鼻歌だけが聞こえてきます。

 あまりジロジロ見るのも失礼なので、目を向けずに耳を傾けていました。

 子守歌には詳しくありませんが、どこかで聞いたことがある曲です。

 でも、視界の中に近付いてきた赤ちゃんは、抱っこひもやお包みとは違いました。

 角ばっていて、長方形をしています。

 てっきり赤ちゃんだと思っていたので、ぞっとしてしまいました。

 すれ違いながら女性の腕の中に見えたのは、一升瓶の写真がついた長方形の箱。

 『大吟醸』という文字が目に飛び込んできました。

 ポンポンされていたのは赤ちゃんでなく、お酒だったのです。

 聞こえていたのも子守歌ではなく、大好きなお酒を抱えて上機嫌な鼻歌だったようですね。

 気になって振り返って見ると、その女性は誰もいない児童公園に入って行きました。

 これから公園のベンチで、ひとり酒でしょうか。

 あんな夜中に……びっくりでした。




 ――――という、怪談の真相は?


『暗がりのベンチ』


 白いワンピースに長い黒髪。

 うつむき気味で、顔も黒髪に隠れている。

 次の話し手は、誰もが幽霊をイメージできそうな容姿の女性だった。

 MCの青年カイ君は、少し覗き込むように視線を送り、

「次のお話を、お願いできますか」

 と、聞いた。

「……はい」

 黒髪の女性は軽くお辞儀し、顔は髪に隠れたまま話し出した。



 時々立ち寄る、小さい児童公園があります。

 昔は工場や倉庫が集まる土地でしたが、最近は開発が進んで、大きなマンションが増えました。

 マンションの隙間にある、小さい児童公園。

 砂場と滑り台とブランコ。それに、ベンチがいくつか。

 街灯は明るいですが、木の下にあるベンチは影になっていて居心地がいいんです。


 ある日の真夜中。

 いつものように立ち寄ると、暗がりのベンチに女の人を見かけました。

 黒っぽい服装で、50代くらいの女の人でした。

 何かを抱きかかえながら、体をゆらゆら揺らしていて。

 虚ろな目で宙を見上げながら、呪文のような歌をつぶやいていました。

 ……仲間だと、思ったんです。

 その公園の周囲で仲間と会ったことは無かったので、声をかけてみようと思って。

 こんばんはって声をかけたら、お辞儀をしてくれました。

 ベンチの隣に座って、この辺りの方ですかって聞いても返事がありません。

 見ていると、お辞儀ではなくて、体を前後に揺らしていただけです。

 何を抱えているのかと思えば、大吟醸と書かれた一升瓶でした。

 酔っているだけの生きた人間だったんです!

 あんな様子で、仲間じゃないなんて……。

 こんな、幽霊の私が言うのもなんですが、あれは怖かったです。



「……それは、驚いたことでしょうね」

 笑いそうになるのを必死に堪えていたカイ君だが、参加霊の誰かがフッと噴き出した。

 途端に他の参加霊たちも、くすくす、ふふふっと笑い出す。

 カイ君も、つられて笑い出しながら、

「いやぁ、すみません」

 と、謝ると、黒髪の女性が顔を上げた。

 長い前髪で目元は見えないが、その唇は笑っている。

「お友だちになれなくて、残念でした」

 と、黒髪の女性は言った。

「この怪談会では、皆さん幽霊仲間ですから。もし、よろしければ、またご参加くださいね」

「ありがとうございます」

 長い黒髪を揺らし、女性はゆっくりとお辞儀した。


 その夜も、古寺には楽しげな拍手の音が広がっている。

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