怪談『黒い残影』と、真相『黒い影の霊』


 こんな怪談がありました。


『黒い残影』



 夏と言えば、心霊スポットで肝試しなんでしょうね。

「不謹慎だとは思いました」

 そう言って、大学生の女の子が聞かせてくれた話です。



 夏休みのイベントが欲しかったんです。

 来年は就活だし、地元の友だちと楽しみたくて。

 思い付いたのが、肝試しだったんですよ。

 でも有名な心霊スポットは、ヤンキーの溜まり場だったから。

 近所で、それっぽい場所を探しました。


 実家から歩いて行ける距離に、民宿の廃墟があります。

 空き家とか無人になったアパートもチラホラしていて、人の手を離れた建物は珍しくありません。

 でも去年、空き家になっていた民宿に入り込んで、自殺した人がいたんです。

 都会から田舎に就職したサラリーマンだそうですが、どんな人かは知りません。

 友だちが言い出したんですけどね。

「サラリーマンの霊が残ってるっていう噂もあったし」

 なんて、ほとんど無理やり、その民宿を心霊スポットということにしたんです。


 私と女友達ひとりに男友達ふたりの、4人で夕方に集合しました。

 民宿の庭から窓の中を覗いていく内に、鍵が外れそうな窓を見付けたんです。

 男友達のひとりが窓をガタガタさせたら、すぐに鍵が開きました。

 不法侵入はダメですけどね。

 『ヤンキーたちは入り込んでも当たり前なのに、自分たちみたいのには注意してくる大人が多い』なんて不満もあったから。

 4人で窓から入っちゃったんです。



 小さい民宿です。まだ生活感が残っていました。

 肝試しにピッタリとは思いましたが、私はすぐに帰りたかったです。

 ゴキブリが、ちょろちょろしていたのが嫌で。

 男友達ふたりは気にせず奥へ行きましたが、私と女友達は侵入した窓の近くから動けませんでした。

 その内に、1階の奥から男友達に呼ばれたんです。

 仕方なく行ってみると広めの和室でした。

 畳に灰色の線で、人が大の字になっている形が描かれています。

 みんなで写真など撮りながら、

「ここ?」

「こんな大の字だし、誰かのイタズラかもよ」

「最後の瞬間は、のびのび手足伸ばしたくなるんじゃん?」

 なんて言い合っていました。

 不気味でしたが、絵に描いたような大の字が偽物っぽかったんですよね。

 それより私はゴキブリが嫌で。

 ネズミやヘビなんかも住み着いているかも知れません。

 外も暗くなる時間だったので、もう帰ろうって言おうとしたんですけど。

 男友達ふたりは2階へ行ってしまうし、女友達もひとりでお風呂場など見に行ってしまって。

 肝試しが終わる前に、日が暮れてしまったんです。


 ゴキブリがいないかスマホのライトで足元を照らしていたら、奥から女友達が、

「ちょっと来て!」

 と、悲鳴に近い声で呼ぶんです。

 すぐに男友達ふたりが階段を下りて来て、私も行ってみると、大の字の人型が描かれた和室でした。

「どうしたの」

「ねぇ、大の字。こんなだった?」

 畳に明かりを向けると、真っ黒な大の字が浮かび上がっていました。

 初めに見た時は、灰色の線で人の形が描かれていただけだったんです。

 それが、真っ黒く塗りつぶされていて。

 すぐにわかりました。

 それ、大量のゴキブリだったんです。

「オバケじゃないよ。ゴキだよ!」

 言いながら私が窓に向かうと、他の3人も笑いを含んだ声を出しながらついて来て、みんなで外へ出たんです。


 そのまま肝試しはお開きになったんですが、後から考えて気持ち悪くなったんですよね。

 確かにゴキブリが集まっていたんですが、その理由がわからないんです。

 棚と壁の隙間に大群が居たのは見たことあります。

 でも、隠れ家でもなく集まるのは、食べ物のにおいがあるってことじゃないですか?



 思い出すとゾワゾワするようで、渋い顔をしながら話してくれました。

 私は彼女に、

「大の字には、なにか残ってたのかもね」

 と、感想を伝えました。

 大の字が人間のサイズなら、それを黒く塗りつぶすほどのゴキブリって、どれだけの大群なのでしょう。

 その民宿に居続けてくれれば良いですが、誰かの家に引っ越してくるかも知れませんよね。

 今まで何を食べていたのかわからない虫が、自宅に侵入……。

 不謹慎ですが、それも恐ろしい話です。




 ――――という、怪談の真相は?


『黒い影の霊』


 次の話し手の女性は、幽霊らしからぬ明るい笑顔だった。

 他の参加霊たちの話を、とても楽しげに聞いている。

「幽霊になっても、出来ることは少なくないんですね。こちらの怪談会も、とても楽しいです」

 怪談会MCの青年カイ君は、

「ありがとうございます。次のお話を、お願いできますか?」

 と、女性に話を促した。



 私は仕事漬けのまま、心筋梗塞で死んでしまいました。

 まだやりたいことを何もしていないという、この世への執着で残っています。

 とはいえ死んでしまっては、やりたかったことも出来なくて。

 途方に暮れていた時期もありました。

 でも生きている時と同じ行動が出来ないなら、幽霊だからこそ出来ることをしようと、前向きになりましてね。

 ずっと興味があった、廃墟探検をすることにしたんです。

 生前では不法侵入になってしまうところですが、幽霊になりましたから。

 空き家や廃墟を見付けては、中に入って探検を楽しんでいます。


 ある空き家に入った時のことです。

 民宿のような一軒家で、カウンターや食堂がありました。

 ほこりまみれで、明らかに空き家です。

 でも1階奥の和室に、灰色のビニールテープで、大の字に人の形が描かれているのを見付けました。

 殺人現場を連想しましたが、あまりにキレイな大の字だったので偽物っぽくて。

 壁の落書きなんかと同じで、悪戯する人もいるのだろうと、気にせず他の部屋を見ていました。


 でも、日が暮れて、暗くなったばかりの頃でした。

 元住人なのか、男性の幽霊が帰って来たんです。

 相手も幽霊さんなら勝手な侵入は怒られると思って、すぐに棚の陰へ隠れました。

 その男性幽霊は、慣れた足取りで奥の和室へ歩いて行きました。

 私と同じように半透明な姿でしたが、真黒な影が廊下に伸びていたんです。

 私には影がないので、なにか違うタイプの幽霊なのかなと。

 怖い幽霊でも困るので、そっと立ち去ろうとしたんですけど。

 重い足取りで廊下を進む男性幽霊の黒い影が、もぞもぞと動いていることに気付きました。

 影一面が波打つように動いて、時々黒光りも見えました。

 その男性幽霊は、人の形が描かれた和室に入って行きます。

 好奇心に負けて、隣の部屋の障子の破け目から覗いてみたんです。

 男性幽霊は、人型の大の字に影を重ねるように立っていました。

 黒い影は大の字になっていましたが、その男性は両腕を体の横に下しているんです。

 本人と違う体勢をする黒い影が、とても不気味でした。

 そのまましばらく男性幽霊は動かなかったので、私はそっと民宿を後にしました。


 空き家と言っても民家などは、そこで生活していた幽霊が帰って来たり、幽霊になっていると気付かず生活していたりもしますよね。

 気を付けなくちゃって思いました。



 座布団に正座する自分の周りを見回し、

「私には無いですけど、あの男性には真黒な影があったんです。幽霊の影って人それぞれなのかしら」

 と、女性は首を傾げる。

 カイ君も首を傾げながら、

「確かに、影の濃さも人それぞれです。でも、黒光りして波打つ影ですか……本当に、ご本人の影だったんでしょうか」

 と、言った。

「……影じゃない可能性ですか。それは考え付きませんでした」

「影のように付きまとう何か、という可能性もあるかも知れませんね。もちろん、ご本人よりも濃い影をお持ちの幽霊さんもいらっしゃるとは思いますけど」

 参加霊たちも、自分の周りの影に視線を落とす。

「でも幽霊だからこそ出来ることというのは、前向きで素敵ですね」

「他にも、出来ることを見付けていきたいです」

 そう言って、女性は笑顔で頭を下げた。

「ありがとうございます。それでは、次のお話をお願いします」

 幽霊たちによる静かな怪談会。

 楽しげな幽霊たちの拍手が広がる。




 ※ 今回は廃墟侵入という内容ですが、それらの行為を容認・推奨するものではありません。

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