怪談『椅子』と、真相『座布団』


 こんな怪談がありました。


『椅子』


 自宅のパソコンデスクでは、キャスター付きのデスクチェアーを使っています。

 買い替えてから2年。

 もう、ガタつくようになってしまったんです。


 座っていても気にならないのですが、座ろうとした時や近付いた時にカタカタ揺れるんです。

 触っていないはずでも、近くを通るだけでカタカタと動きます。

 ちょっと変ですよね。

 椅子が不良品という話ではなさそうな気がします。


 僕は、机に椅子がきっちり戻っていないと嫌なんです。

 素足でキャスターを蹴とばすと、けっこう痛いですからね。

 でも最近は、気が付くと机から椅子が離れているんです。

 立ったそのまま、斜めになっていたり。

 僕しかいない家なのに。

 まぁ、無意識に椅子を戻し忘れているのでしょう。

 近付くだけでカタカタ揺れるのも、きっとキャスターの不調か床の歪みです。

 それしか考えられないですから。


 でも、やっぱり不気味です。

 試しにスマホを置いて、デスク周りを撮影してみることにしました。

 カタカタ揺れることはあっても、椅子が移動する瞬間は見たことがありません。

 近付いた時にガタつく以外は、僕が見ていない時に移動しているんです。

 微振動が続くと、机から離れるほど椅子が移動してしまうものでしょうか。

 どのくらいの時間で、どのように動くのか。

 もしかしたら微振動ではなく、ポルターガイストの瞬間が映るかもしれないなんて軽く思っていたんです。


 2時間ほどリビングで過ごしてから、録画した様子を確認してみました。

 デスクチェアーは、ほんの少し机から離れています。

 長時間録画なので画質は悪いですが、早送りしながら眺めていると突然、ゴチャゴチャっとした音声が入りました。

 物音でも立てたかと記憶を探りながら巻き戻して見ると、

『重いんだよ!』

 僕の声が言い、椅子がカタカタと移動していました。

 もちろん、リビングから僕が叫んだわけではありません。

 きっと、椅子の叫びなんですよね。


 そろそろダイエットしなくてはと思い始めてから、何年過ぎてしまったでしょう。

「ウォーキングしてくる。頑張って減量するから」

 デスクチェアーに宣言しました。



 それから1週間。

 体重は1キロしか減っていませんが、デスクチェアーが不気味にガタついたり移動していることはなくなりました。

 これを機に、ダイエットはしっかり続けるつもりです。




 ――――という、怪談の真相は?


『座布団』


 朝のゴミ捨て場付近や職場の給湯室、マダムの集まる喫茶店やタイムセール直後のスーパー横など。

 井戸ではなくても、井戸端会議は開かれる。

『ヒソヒソとした大声』や『周りが気付きやすい小声』という、特殊な表現能力も有する。

 女性陣の井戸端会議は、男性陣が近付きにくい雰囲気を放っているものだ。



 夜毎に幽霊たちが集まり、怪談会の開かれる田舎の寺。

 本堂の奥には小部屋があり、襖の隙間から暗い本堂を覗いている青年が居た。

 怪談会の準備を始めようとしていた、MCの青年カイ君だ。


『この前の法事で、自前の座椅子ざいすを持って来た人が居たでしょ?』

『結構ふくよかな中年女性だったわね。膝を悪くしてるとかって』

『そうそう。重くてつらいって、ぼやいてたのよ。重い人確定じゃない私たちが羨ましいって』

『人間に聞こえないものだから、いつも家では座られるたびに、重い重い! って、叫んでるんですってね。笑っちゃったわよ』

『大切に使ってくれるならまだしも、そうじゃなければ文句も言いたくなるもんね』

『あははっ、そうよねぇ』

『本当、わかるわぁ』


 クスクス、あははっと笑う声は、5人ほどの女性たちらしい。


『でも、私たちだって、お寺の本堂に置かれてる割に出番が多いわよね』

『幽霊は軽いなんて言うみたいだけど。霊的な重さってあるもんねぇ』

『そうそう。時々、すごく重い幽霊さん居るわよ』

『幽霊の重さって不思議よね』

『ペタンコなんて言ってくれちゃって。毎晩毎晩、使われてるんだから当然じゃないのよねぇ』

『利用者の少ない他所よそのお寺が羨ましいわぁ』

『あら、それじゃあ廃業の危機にひやひやするじゃない?』

『それも嫌だわねぇ』

『まぁねぇ』


 暗い本堂に、女性陣の笑い声が広がる。

 笑い声の出どころは、本堂の隅に積み重ねられた紫色の座布団の山だ。

 覗いていたカイ君は、

「うちの座布団たち、みんな女性だったのか……?」

 と、呟いたのだった。

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