怪談『命日』と、真相『プレゼント』


 こんな怪談がありました。


『命日』


 私も70歳を過ぎるのですが、これは5歳上の姉の話です。

 姉の夫、私からは義理の兄になりますが、去年の春に亡くなったんです。

 姉の落胆が酷くて、妹の私も驚くほどでした。

 そして四十九日も開けない内に、姉が『家の中に夫がいる』と言い出したんです。


『自分でミカンも剥かない、ムカン様なのよぉ』

 なんて言いながら、夫は自分に頼りっきりだという愚痴を、いつも聞かされていたものですから。

 姉にとって、義兄の存在がそんなに大きいとは思っていなかったんです。

 私も近所に住んでいるので。立ち話につかまってしまうと、何時間も家庭内の愚痴を聞かされたものでした。

 とはいえ実際の関係性って、わからないものだったと実感します。

 結婚してからは、お互いに別々の家庭をもちますから。夫婦関係も深くは立ち入っていなかったんです。

 今思えば、夫の愚痴を言う姉は楽しそうだったというか。

 まったくもうと言いながら、世話を焼くことが嫌ではなかったんだと思うんです。


 義兄が亡くなってから、姉は外に出なくなりました。

 散歩したり姉妹で日帰り旅行にも、ちょくちょく出掛けていたのに。

 気が乗らないと言って、普段の買い物すら甥っ子に任せるようになりました。

 それどころか時々、夫が家の中にいる気がするとか、足音を聞いたなんて言うようになったんです。

 相方に先立たれると、急に認知症が進むなんて話も聞きますけど。

 さすがに心配になりました。

 時々様子を見に行っていますが、顔を合わせれば元気そうにはしているんです。

 甥っ子も一緒に住んでいるので、そこまで心配することもないかとは思いましたけど。


 でも先日、急に私の家へ姉がやって来たんです。

 姉が外へ出るのを見たのは久しぶりでした。

 その手には義兄の位牌を持っています。

 何事かと思いましたよ。

 義兄の幽霊でも見て逃げて来たのかと思ったら、命日の日付が書かれた位牌の後ろ側を見せて、

『これ、お父さんの誕生日よ!』

 って言うんです。

 お父さんって、義兄のことですけどね。

 言われてみれば確かに、義兄の誕生日と命日が同じ4月8日だったんです。

『そんな偶然、あるのねぇ。ビックリしすぎて、こんなの持ってここまで来ちゃったわぁ』

 って。井戸端会議をしていた頃と同じ、楽しげな口調で話していました。

 そのあとすぐ、姉から旅行に誘われたんです。

 季節の花や紅葉を見に出掛ける予定です。


 姉が『家の中に夫がいる』なんて言い出したときは、ゾッとしましたけど。

 姉を心配して、義兄は様子を見に来ていたのかなと思うと、ちょっと温かい気持ちになります。

 先立たれて落胆していた姉に、誕生日と命日が同じだなんて、誰かに話さずにはいられないようなプレゼントまで残してくれて。

 もし義兄が近くに居るなら、姉を大切にしてくれてありがとうと、お礼を言いたい気持ちになりました。




 ――――という、怪談の真意は?


『プレゼント』


 今宵も、幽霊たちによる怪談会が開かれている。

 暗く静かな寺の本堂は、MCの青年カイ君の明るい声と幽霊たちの笑い声に包まれていた。

 円形に並べたペタンコ座布団に座る幽霊たちが、ハフハフと拍手する。

 薄ぼんやりとした幽霊の両手なので、パチパチとハッキリした音は出ない。


 その老人は、誰よりも話すのを楽しみにしている様子だった。

 自分の番は今か今かと、身を乗り出してカイ君を見詰めている。

「お待たせしました。次のお話をお願いします」

 と、カイ君は老人の視線に答えた。

 満面の笑みで会釈すると、老人が話し始めた。



 これは、誰かに言ってやらんといかんと思ってね。

 4月8日。20時10分。これがね、私の命日と死んだ時間なんだよ。

 4月8日は、私の誕生日でもある。

 いや、どうしても言いたかったのは、それだけなんだ。



 老人が話すと、怪談会の参加霊たちは揃って目を丸くした。

「お誕生日と、命日が同じ日なんですね」

 と、カイ君も目をパチパチさせている。

 老人は、満足そうに頷いた。

「いやぁ、怪談でも何でもなくて申し訳ない。だが、とにかく誰かに教えたくてね。こういった機会に、話をさせてもらっとるんです」

 深いしわの刻まれた老人は楽しげに言った。

 薄青色の寝間着ねまき姿で、老人にしては背筋が伸びてシャキッとした印象だ。

「誕生日と命日が同じ。それは確かに、誰かに話したくなりますね」

 カイ君に言われ、老人は何度も頷いている。

「そうなんだよ。幽霊になると、自分から話せる機会がずっと少なくなるものだ」

「ご家族に教えたくても、伝えられないのは残念なことですね」

 しみじみとカイ君が言うと、老人は静かに俯いた。

「気付いてくれるのを楽しみに待っていたよ。自分で気付いたときは嬉しかったからね。だが、妻はまだ、私が死んだことを悲しむばかりだ」

 老人の伸びていた背筋が丸くなる。

 カイ君は柔らかい笑顔のまま、

「でも、ずっと気付かない事はないでしょう。あなたが気付いたとき嬉しかったように、奥様が気付くときが先になるほど、あなたからのサプライズプレゼントになると思いますよ」

 と、言った。

「ほう。サプライズプレゼントか」

 老人は、楽しげな笑顔に戻って頷いた。

「亡くなられた方からのプレゼント。素敵です」

「本当だね。いや、ここに参加してよかった」

 老人に言われ、

「光栄です!」

 と、カイ君は明るく言うと、もう一度拍手した。

 参加霊たちもハフハフと拍手し、老人も拍手しながら頷いている。

「素敵なお話、ありがとうございました。それでは、次のお話に移りましょう」

 ハフハフと、楽しげな拍手が続く。

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