第46話 怒り

「そ、そっか、ありがとう」


 そうお礼を言ってふと、お札はともや君だけではなく星野さんも所持しているのだと気づく。憑かれたい星野さんとお札とか、一番似合わない組み合わせだろうに。さすがに生命が危うくなるかもしれないあの霊には、彼女も慎重になってるんだろう。いい傾向だと思う。


 星野さんは眠ってるともや君に近づき、綺麗な声色で話しかけた。


「頑張ってね。きっと大丈夫だよ」


 眠っている彼は何も返事を返さなかった。







 それから少し滞在したあと、僕らは病室を出た。そして星野さんの誘いに乗り、ともや君の病室が見える談話室で座ってお茶を飲むことにした。


 落ち着かない中、二人で自動販売機で買ったジュースを飲む。星野さんは普段と変わらない様子で、ポケットから鷹の爪を取り出して齧っていた。


 キョロキョロと辺りを見渡し、あの女の子がいないか確認する。


 今のところまだ現れていないようだが、きっとこの病院内のどこかにいるのだと思った。僕らがジュースを飲んでる間にも、どこかで人が亡くなっているのだと思うと複雑な気持ちになる。


「ねえ、大山くん」


「え? な、なに?」


「死神の女の子の話だけど」


「死神……みたいな役割だろうね、多分あれはすごく厄介な霊だと思うけど」


「この世には色んな霊がいるんだね。大山くんと一緒にいるとつくづく思う。生き霊だとか、写真に映ったり、人形に宿ったり。すごく奥深いと思う」


「奥深い、のか?」


 首を傾げて不思議に思う。まあ、僕は幼い頃から視えていたわけで、星野さんぐらい鈍感で何も視えないと色々新鮮なんだろうとは思う。


「奥深い。大山くんと会ったことで尚更興味をそそられてる」


「いい加減オカルト趣味やめなよ、いや好きなのはいいいけど、憑かれたいっていうのが」


「だって私は守護霊強いらしいから」


 涼しい顔をして言う彼女に呆れて言葉も出なかった。多分これ、絶対直らないだろうな。いつか本当にとんでもないことを……


 そう考えていた時だ。今まで適温だった談話室の温度が一気に氷点下まで下がったように思った。


 全身を硬らせる。持っているジュースの缶が氷のようだった。手にひらが感覚がなくなる。


「大山くん? 真っ青だよ?」


 星野さんは不思議そうに僕の顔を覗き込む。それに返事する余裕もなく、ただなんとか視線を動かしてともや君のいる病室を見た。


 黒いものが横切った。白いパジャマを着たその子は、病室の前でじっと扉を見上げていた。


 僕は勢いよく立ち上がる。椅子が倒れて大きな音を立てた。星野さんは察したようで、僕の椅子を直しながら声をかけてくる。


「いるんだ?」


「……びょ、うしつの前だ」


 震えながら答える。だが、あれがともや君の部屋に入ろうとしないことに気がつく。少女は動かず扉を見つめ続けていた。そのまましばらく時間が経った後、突然彼女は持っているものを強く床に叩きつけた。人形だった。


 薄汚れた髪のない人形が白い床に容赦なくぶつかり、その人形の顔が痛そうに歪んだように見えた。


「……苛立ってる?」


 もしかして。あのお札の効果か? だからあの子はともや君のそばにいけないんだろうか。安易だけどやっぱり効果があるんだ!


 そう喜んでいると突然、少女がこちらをむいて心臓が大きく鳴った。あの落ちそうな眼球が僕を捉える。情けなくものけぞってしまった。それくらい、あの子は嫌な気が強すぎる。


 すると少女は、顔をぐわっと歪ませてこちらを睨んだ。子供とは思えないおぞましい顔だった。眉間に寄せられた皺、汚い歯を食いしばる唇、額には血管が浮き出ているように見えた。


「う、うわ、怒ってる!」


 僕は慌ててそこから立ち去ろうとしたが、強く腕を掴まれて振り返った。星野さんが余裕のある顔で立っている。


「怒ってるの? 相手」


「めちゃくちゃ怒ってるよ! こっちに来たら危……あ、これないのか!」


 星野さんが冷静である意味がわかった。そういえば、お札はもう一枚あるのだ。星野さんのカバンの中。それを思い出して、全身の緊張がふうっと抜けた。


 僕は落ち着いてはあと息を吐く。


「星野さん、ありが」


「怒ってるならよかった」


 そう言った星野さんはゆっくり歩み、僕の少し前に立った。そこでようやく気づいたのだが、少女が睨んでいるのは僕ではなく星野さんのようだった。凄まじい視線が星野さんに送られている。


「星野さん?」


「すっごく怒ってる?」


「う、うん、星野さんを睨んでるよ」


「ふふ、そっか」


 彼女はカバンからお札を取り出した。少女がなお苛立ったのが伝わってくる。星野さんは愛おしそうにお札を見つめた。


「星野さん?」


「思う通りになった」


 そう嬉しそうに言った彼女は再びカバンに手を入れる。そして取り出したものをみて、僕は完全に思考が停止した。


 ハサミだった。

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