第45話 いい考え
翌日、僕と星野さんは再び病院を訪れていた。
名目としてはノックのお見舞い(ノックごめん)、本当は別の目的だ。
とはいっても、実は僕は『いい考えがある』なんて言った星野さんについてきただけで、一体それがどんな考えなのか教えてもらっていないのだが。
二人で歩いて病院へつき、まずは昨日と同じようにノックを訪問した。連続となる見舞いに彼は驚き、でも嬉しそうに迎えてくれた。
「あれー! 今日も来てくれたの、どした!?」
「あ、ノック、えーと。ほら暇だってすごく困ってたから、他にも漫画持ってきたんだ。僕のやつ貸すよ」
「え、まじ!? すんごい助かるー!!」
ノックは嬉しそうに笑って受け取った。隣の星野さんはまた買ってきたであろうお菓子を渡す。お礼を言うノックに、彼女は尋ねた。
「たくさんあるから、ともや君もどうかなって思って。昨日ご馳走になったし」
隣のカーテンを二人で見る。だがしかし、すぐにノックの暗い声が聞こえて彼に注目した。
「それが、ともやさー……昨日の夜突然また具合悪くなって。部屋変わっちゃったんだよ、個室に……」
僕たちは顔を見合わせた。
心が冷えていくのを感じる。もしかして、もう手遅れになったんじゃ……?
呆然としている僕の隣で、星野さんが言う。
「個室、会いに入るのは無理かな」
「え、どうだろう。わかんない」
「野久保くんの分もお見舞いしてくる。野久保君は足を怪我してるからね」
最もらしいセリフを述べた彼女は、そのままつかつかと部屋を出て行った。僕はノックに簡単に挨拶をすると、慌てて星野さんの後を追っていく。
彼女は廊下にいた看護師にともや君について尋ねているようだった。よく見ると、その看護師は昨日僕たちとともや君が話しているのを見ていた人だった。
少し会話をした星野さんは会釈して看護師さんと別れる。そして僕の方に歩み寄った。
「別にお見舞いは大丈夫ですって。でも意識がないみたい」
「そ、そうなの」
「あっちの部屋ですって。行こう」
堂々と廊下を歩いていく星野さんの少し後ろを歩きながら、周りをそうっと見渡した。あの少女はいないようだった。
一つの扉の前についた僕たちは、一度ノックをしてみる。すると中から、ともや君のお母さんらしき人の返事が聞こえた。
「はい」
僕は一瞬どうしようと思ったが、星野さんは迷いなく戸を開ける。中にはやはり、眠っているともや君と目を真っ赤にさせた母親らしき人がいた。
その光景を見ただけで、胸が苦しくて泣きそうになる。きっとともや君のことが心配でたまらないお母さん、寝ずにそばにいるんだろうなと安易に想像できた。
「あの……?」
「こんにちは。私たち、ともや君が前いた病室の隣にいる野久保くんの友達で」
「ああ……ともやとよく遊んでくれてたお兄さんね」
「私たちもともや君と話したことあるんです。容体を聞いて、お見舞いを。野久保くんは怪我で動けないので代理で」
「まあ、ありがとう。ありがとう」
鼻を啜りながらお母さんが答えた。僕たちはゆっくりベッドの上のともや君を見る。
昨日はあんなに元気そうだったのに、腕には点滴がつながれ、鼻には酸素チューブが付けられていた。目をしっかり閉じて眠る彼の顔を見るのも辛い。
どうしようと戸惑っていると、星野さんが動いた。彼女は持っていた鞄から何かを取り出した。それは今子供達に人気のあるアニメのキャラクターの人形だった。
「こんなものしか思いつかなくて。ともや君好きだといいんですけど」
星野さんがそう言って差し出す。お母さんは優しく笑って頭を下げた。
「いいえ、ともやも喜びます。ありがとう、本当にありがとう」
小さめなその人形はともやくんのベッドのすぐ横に置かれた。すぐに目を覚ましそうなくらい穏やかな顔なのに、ともや君は何も反応してくれなかった。
その時、お母さんが何かに気がついたようにポケットを探る。中からスマホを取り出し、僕たちに言った。
「すみません、主人から電話で」
「あ、そうなんですか」
「どうぞそばで話しかけてやってください。少し席を外しますね」
お母さんは丁寧に頭を下げると、そのまま部屋を出て行った。仕事中のお父さんが容体を聞くためにかけてきたんだろうなあと容易に想像がつく。
扉が閉められたところで、僕はすぐに星野さんに聞いた。
「ねえ、いい考えって?」
いい加減教えてよと不服を言った。すると星野さんはようやく僕をみて微笑み、鞄の中からあるものを取り出した。
彼女が手に持っているのはお札だった。それを僕は目を丸くして見つめる。
「あのぬいぐるみの中にこれを入れておいたの」
「へ」
「昨日もらってきたの、魔除けのお札。前大山くんが紹介してくれた住職さんから貰ったから能力は確かよ」
そう言って星野さんは大事そうにお札をカバンに仕舞い込む。僕はどこか拍子抜けだった。いや、星野さんの対応は至極真っ当なやり方だ。でもこう、あのぶっ飛んだ彼女はもっとすごいことを考え出すんじゃないかと思っていた。
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