どうせいつかはやってくるんだからって話

書いているととてもしんどくて、もうどこへも行けないんじゃないかという不安に駆られるときがある。それでもなぜか十代から地味に書き続けているのだから書くということの魔力というのは恐ろしいものだ。

私はどこにでもいるちんけなアマチュア物書きの端くれで、それは永遠に変わらないだろうと悲嘆に暮れたことがある。それなのにその明くる日にはまた書いて、消してそれからまた書いてを繰り返し物語を紡いでいくのだから、私は書くことが好きなのだなと思う。


病気のせいか生きるということを放棄したくなるときがある。そんなときどうしても最後の一歩を踏み出せない理由がいくつかあって、そのひとつが生きることを放棄してしまったら書くことも放棄しなければならないなという至極当然のことだったりする。

それ以外にも今私が「生きる」を放棄したら子どもの成長が見られないなとかも思うのだけれど、強烈に私を引き留めるのは書くことを手放してはならないような気がするという直感で、それ以外のことは引き留める一助にはなっていてもそれ単体では私を引き留めることが出来ないだろうと確信している。


考えてみれば小四の頃に自分があまり周りに好かれていないと言うことを自覚してから、私にとって「生きる」はただの重荷でしかなかった。重荷を重荷ではないように感じさせるために、中学校では部活にのめり込んだ。それでも私の心はどんどん蝕まれていって、望んで受験をして合格したはずの学校を一年間通っただけで退学したりもした。そこからの人生は、何かにのめり込むことで延命しているだけの惰性の人生だ。

学校を辞めてからの私は一年間治療に専念した。治療というものにのめり込むことで、自分を生かした。そこから結婚するまでの時間は仕事にのめり込んだ。のめり込んだところで非正規雇用は不安定で、理不尽な理由で解雇された経験もある。それに抗う術も知らなかった私はそれを粛々と受け入れ、また別の場所で仕事にのめり込んだ。ブラックな職場の理不尽な要求に全て応えて、それでもまるで評価されない事に苛立ちを感じながらも、どうせ明日生きることを放棄してもいいのだからと投げやりに生きてきた。

ひょんなことから結婚することになり、地元を離れることになったとき、私はなんだか安堵した。もう知り合いに会うかもしれないとびくびくしなくていいのだということが、私にとって結構大きなことだったらしい。


病気になって二十年が経つ。今だって何かにのめり込むことで延命しているだけの私だけれど、それでも以前より前向きな延命処置だと思っている。書くことを手放さないでいれば、私はそれなりに幸せに生きられるらしい。私の文章は面白くないかもしれないし、誰にも届かないかもしれない。ネットの大海に放流した私の文章は殆ど読まれていないから、もしかしたらある日ものすごく私の文章を好きだと言ってくれる人が現れるかもしれないし、そんなことはないのかもしれない。どちらにせよ、私は書いているだけでそれなりの幸せを得ているから十分だ。


どうせ人はいつか死んでいく。死はいつかはやっってくるものだから焦らなくてもとりあえずはいいだろう。延命処置をしているだけの人生でもし夢が叶うなら、作家になりたい。そのときはきっと、書くことは延命処置ではなくて生きる術になるだろう。

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