第53話 約束
「忍、そこまで言うのなら貴方はもう一つ知るべき事があるわ。これはあの人……ピグマリオンの悲願とでも言うべきかしら」
セロスは天井を見つめポツポツと口を開いた。
「彼は戦争によって奪われた側の人間よ。家も国も、最愛のガラティアさえも。だからあの人は自動人形の知識と技術を磨いた」
ここまでは忍も知っている。出会った当初、本人の口から聞いていたからだ。
セロスはそのまま続けた。
「その他にもう一つ、成そうとした事があるの──」
全てを奪われたピグマリオンは、イリオスやマルクスだけではなく世界そのものを憎んでいた。
宮廷魔導師としての立場上、世界の情勢は常に把握していた。
どこの国が争っているのか、どこが勝ち残り、どこが滅んだのか。
ピグマリオンは同時に博識だった。その知識は歴史書を読み漁ることで得た物だ。
最古の歴史書から現在に至るまで、あらゆる知識を詰め込んだ彼は悟った。
争いは人の性である、と。
数千年前も、数百年前も、そして数年前から現在に至るまで争いのなかった時代はない。
数年という極短い期間で言えば、そうでないがそれは休戦しているだけだ。
ピグマリオンはエタンドルもいつかは滅びる運命にあると理解してしまったのだ。だがそれはエタンドルに限った話ではなく、どの国でも同じだ。
弱国はすぐに滅び、強国は新しい強国により滅ぼされる。
そこである一つの考えが浮かんだ。
「彼はこの争いだらけの醜い世界から、ソレを取り除こうとしたの」
「世界から……争いを、なくす……?」
忍は思わず口に出していた。あまりにも突飛な発想だ。そして歪んだ思想だ。
全てを奪われて何故そんな発想に行き着くのか、忍には到底理解できなかった。
普通ならせいぜいがイリオスへの復讐を考えるはずだ。それを飛び越え、全く違う結論に行き着いた彼の思考を少しも理解出来なかった。
考えている内にある矛盾がある事に気が付いた。
「でも、でもよセロス。世界から争いを無くしたかったのに、なんで怨念がこもったアルマのコアを……」
当然の疑問だ。アルマのコアは危険な代物だ。
ガラティアの怨念はコアに宿り、人々の負の感情を表面化させる。
それは争いを無くすと言うよりも寧ろ──
「そうよ、彼は失敗した。世界から争いを無くす事も、アルマの作成も、両方ね。ピグマリオンはアルマの圧倒的な武力で世界を滅ぼし、再生させようとしていたのよ。コントロールの効かないアルマは完成と同時に未完だった」
セロスはきっとこの話をしたくはないのだろう。
生みの親であるピグマリオンの汚点とも言える部分だ。彼女は忍の目を見て話すことが出来ない。後ろめたさがあるからだ。
「話がみえねぇな……」
「自動人形としては完成と言えるわ。でも、あくまでアルマはガラティア身体から造られた物よ。ピグマリオンの予想とは違う、歪な心を持っていたわ。 ガラティアとしては未完なのよ……あれは悪意の塊、とでも言うのかしらね……おぞましい存在だったわ。とてもじゃないけれど、私やピグマリオンの命令を聞くような存在じゃないわ」
セロス程の者にそこまで言わせるのならば、当時のアルマは相当な存在だったのだろう。
ピグマリオンはガラティアの意志を宿したアルマを破壊した。それは彼にとっては身をさくような思いだったはずだ。
最愛のガラティアに、二度目の死を与えたのだから。
しかしそれも、自動人形として起動して間もなかったから破壊出来ただけだ。
アルマが完全に覚醒すれば、結果は違っていただろう。それ程に危険な存在だった。
「アレを散りばめたのはただ未練があったからよ。結局、争いをなくしたいという願いよりも、アルマの作成を優先した、それだけの事よ。あの人はいつか、アルマをもう一度造ろうとしていたの。例え本当に世界が滅んだとしてもね。結局それすらも叶わなかったけど……少し話が逸れたわね。とにかく、このコアの欠片は彼の希望であり絶望なのよ。そして、これから私はソレを取り込むわ。その前に、貴方には約束して欲しいの」
ここで初めてセロスは天井から視線を外し、忍をじっと見つめた。
ごちゃごちゃと話が広がったが、忍には何となく彼女の言おうとしていることが分かっていた。
「……」
沈黙で返す忍を他所に、セロスは構わず続けた。
「もし私の人格が消えてしまったら、貴方が破壊しなさい。家族と言うのならそこの責任は果たしてもらうわ」
彼女の言葉はあまりにも残酷だった。
もしもの話であり、セロス自身そうなるとは思っていないが万が一という事もある。
「……ならセロス、お前も俺と約束しろ。絶対にアルマに呑まれないって」
「ふふ、貴方本当に馬鹿ね。そういう所嫌いじゃないわ」
「う、うるせぇよ」
セロスは真っ直ぐに見つめ恥ずかしげもなくそんな事を言う忍に向かって微笑んだ。
あまりにも美しいセロスの笑顔に忍は赤面し、思わず目を逸らしてしまった。
「そろそろ始めましょう。その欠片を左胸に置いてくれるかしら」
「あ、ああ」
一つずつ、ゆっくりと彼女の胸に欠片を乗せていく。
「コアは特殊な素材だから、後はこの身体が勝手に取り込むわ」
すると彼女の言うとおり、欠片は少しずつ皮膚を透き通り体内へと吸収されていく。
忍はまだ動かないセロスの手を強く握り、
「約束、守れよな」
「こっちのセリフよ。これが最後の会話にならない事を祈るわ」
そして全ての欠片がセロスの中に消えていった。
この身勝手な異世界に復讐を~異世界転移したら失敗作として捨てられた俺が《災厄の魔王》と呼ばれ、復讐を果たすその日まで~ 吉良千尋 @kirachihiro
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