第52話 自動人形の心


髭ダルマと言われた事にクスタファはショックを受けているのか「そんなに髭長いかねぇ」とぼやき、おもむろに無精髭を撫で始めた。

その隣でミラは「髭ダルマ!」と馬鹿にしながら笑っている。


少々回りくどい言い方をしたセロスだが、結論は謝らない。と、そういう事だ。


「じゃあせめて、礼の一つくらいあってもいいんじゃねぇのかな!! ほらよ、かなり時間かかっちまったけどアルマのコアだ」


七つ全ての欠片をテーブルに乱暴に置いた。

鮮やかに光る七色は美しく宝石のようにも見える。

しかし、その実態はクスタファが言ったようにガラティアの怨念が篭っている負の遺産。


セロスはこれをどのようにして活用するつもりなのだろうか。


「かかり過ぎよ。おかげで1年以上も寝たきりだわ。でもまぁ、よくやったわね」


文句を言いつつも感謝すべき所ではしっかりと感謝する。口の悪いセロスを嫌いになれない理由の一つだ。


「その欠片を──」

「それはちょいと待ってはくれないかなァ、セロスちゃん」


言いかけた所で、クスタファが割って入った。

その事でセロスは気分を害したのか人でも殺しそうな目付きで睨みつけた。


「そんなに睨まなくてもいいじゃないの……そうだ、ミラちゃん。少し退屈な話をするからミラちゃんは外で遊んでおいで」

「はーい!」


その言葉にミラは喜び、ドタドタと外へと出ていった。


「なによ髭ダルマ。私のする事にケチつけるつもり? 随分偉くなったものね」

「なぁに歳をとってお節介になっただけだよ。それで、セロスちゃんはこの欠片がどういうものか知らない訳じゃないだろう?」

「どうかしらね。少なくとも貴方が知っている事なら私も知っているわ」


ツンケンした態度で面倒くさそうに言った。

ヘカトンケイル戦の前に忍に言った内容だろうか。

怨念により負の感情を増幅させ、魔の者を呼び起こす。

危険な代物には変わりないが、そんな事は彼女にとっては今更だろう。


「それなら……なんで君はこんな物を彼に集めさせたんだい?」

「クスタファそれは──」

「忍、今は私が話しているの。貴方は口を出さないでちょうだい」


忍を黙らせたのはクスタファではなくセロスだった。

何か自分の知らない事をこの二人は知っていると、そう感じた忍は言い返す事はせずに、苦い表情で口を閉じた。


「貴方こそ知らない訳ではないでしょう? 私の現状を。アルマのコアを利用すれば上手くいけばマナの供給源になるの。それとも髭ダルマ、貴方私にこのまま死ねとでも言うつもりかしら」


忍は彼女の言葉を聞き逃さなかった。


(上手くいけば……?)


2年前、忍はセロスにコアの回収を頼まれた。

その時壊れかけの彼女は、マナの供給源が必要だからと、確かにそう言った。


失敗する可能性など、まるでないようにその時彼女は言ったのだ。


だが今口を挟んでもまた同じ事になるので、とりあえずは話を聞くに徹する事にした。


「そういう訳じゃあないんだけどねぇ。セロスちゃんさァ、彼に言ってないことあるんじゃないの? それも沢山」


クスタファはチラと忍に目をやりそう言った。


「余計な事を……いいわ、この際だから聞いておきなさい。以前言った通り、アルマのコアを必要なのは本当よ。知っての通り、私のマナの供給源にするために。それには失敗する可能性があるの。髭ダルマは大袈裟に言っているけれど、それだけよ」


セロスはそれ以上口を開くなと言う意味を込めてクスタファを睨んだ。


「……失敗したらどうなるんだ?」


ピグマリオンを失った今、忍にとってセロスは唯一の家族だ。失敗という言葉が何を指すのか、確かめずには居られない。

生唾を飲み込みそう聞くと、セロスはなんてことのない会話でもするように言い放った。


「私の人格は消えるわ。推測だけど、アルマの人格がこの身体を支配するんじゃないかしらね」


身体はそのままに自分が消える。

それは恐ろしい事だ。それは死ぬのと同義だ。それを何故、彼女はこうも平然と言えるのだろう。


機械だから? 作り物だから、恐怖はないとでも言うつもりか。

そんな訳はない。忍は彼女に心があるのを知っている。そんな訳は決してないのだ。


「お前なんでそんな大事な事を黙ってたんだよ! ふざけんじゃねぇよ、馬鹿にすんのも大概にしやがれ! 人格が消える? じゃあ残された俺はどうなるんだよ!」


怒りか悲しみか分からない。彼女の打ち明けた秘密に対して、忍の心は一瞬でぐちゃぐちゃになっていた。


「大丈夫よ、私は消えないわ。ただ可能性の話を──」

「ならなんで俺に言わなかった!!」


忍はセロスと知り合い4年程経つが、この時初めて彼女の胸ぐらを掴んだ。

彼女の大きな瞳を真っ直ぐ見つめ、叫んだ。


「他人事じゃねぇんだよ。家族だろうがッ! お前にとってはどうか知らねぇが、俺にとってお前は大切な家族なんだよ」

「……そう、ね。私が悪かったわ。ごめんなさいね忍、少し勘違いをしていたみたい」


さすがのセロスも今回は非を認め謝罪した。その場限りのものではなく、それは心からの謝罪だった。

叱られたと言うのに彼女は満ち足りたような、そんな表情をしていた。


(さて、邪魔なおっさんは少し席を外すとするかね。今のセロスちゃんなら、ちゃんと真実を・・・言ってくれそうだしねぇ)


それを見ていたクスタファは気を利かせてそそくさとミラのいる外へと足を運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る