第50話 三位一体
それからは苛烈な戦いが繰り広げられた。
忍は主に両腕と噛みつき、それから例の光線とヘカトンケイルの猛攻を凌ぎつつ僅かな隙を見て攻撃を繰り返した。
厄介なのはやはり光線だ。口を開けた後ほとんど予備動作がない。噛みつきなのか光線なのかの判断がかなり難しい。
それに腕による叩き付けで足場は崩壊している。
超速再生さえ封じる事が出来ればどうにでもなるのだが、クスタファ達も多すぎる腕に苦戦しているのだろうか。
二手に分かれてから既に十五分は経過していた。一秒未満で命が刈り取られる戦闘での十五分は決して短い時間ではない。
(くそ、まだかオッサン。避け続けるのも楽じゃねぇんだぞ!)
忍を噛み砕こうと迫る口腔に向け、火球をぶち込みすぐに距離を取った。
口内は爆炎に包まれたが、その中心に明らかに別の光の玉が輝きを放っている。
「チッ、一体何発打てんだよ……黒翼!」
即座に上空に回避。忍のつま先のすぐ下を光線が通過した。
やがてそれは大地を破壊し巨大なクレーターをつくった。飛行していた忍は、あまりの爆風に耐えきれずヘカトンケイルの背後まで吹っ飛ばされてしまう。
「おや、随分久しぶりじゃあないの忍くん」
「シノブンだ! 手伝ってくれるの?」
やはり緊張感のない二人だが、どうやら着実に仕事は進んでいるらしい。
数十とあった腕はもうあと十本程だ。地味な割に危険な作業だが、見たところ特に攻撃を受けた訳でもない。信頼に足る実力は確かにあるようだ。
「はっ、図々しいガキだなお前。でもまあせっかくこっちまで来たんだ、置き土産でもくれてやるよ」
「わーい! ありがとーシノブン!」
きゃっきゃと喜ぶミラは随分忍を気に入っているようだった。
忍は呆れた顔で剣をしまい、空中に小規模の黒い魔法陣を展開。
「喰らえ、
すると魔法陣からは気味の悪い真っ黒い手首が召喚された。それもかなり小さい。忍のソレと大きさは変わらないだろう。
だが人の手首と違うのは、掌には口がついておりガチガチと牙を鳴らしている。
「か……可愛いー! 何それ何それ! 可愛いー!!」
ソレはどういう原理なのか、空中を飛び回りやがてヘカトンケイルの腕に噛み付くとバクバクと食べ進めていく。
その速度は凄まじく、数秒で拳一つ分食べ切ってしまった。
そこから更に肘へ、付け根へと行き、また別の腕を喰らい始めた。
「目には目を腕には腕を、だ。過度な期待はすんなよ? こっちもマナに余裕がある訳じゃない。かなり量を抑えての召喚だからそんなちっこい奴になっちまったが……腕の二、三本なら喰い尽くすだろ」
と、言ったところで忍は少しフラついた。単純にマナが不足しているのだ。この状態なら魔法は使えて後一発。それも中級が限界だろう。
そんな忍を見てクスタファは懐から青色の液体が入った小瓶を取りだし、
「おじさんからのプレゼントだ。素直に受け取っておくれよ」
「! 最初から寄越せってんだよ」
悪態をつきながらもぐびぐびと液体を飲み干すと、身体にマナが戻るのを感じた。
マナポーションだ。ピグマリオンの渡した物と比べるとお粗末ではあるが、それでもかなり貴重な物だ。
貴族でもない限り手に入れるのは簡単ではない。
「おいオッサン、これが終わったら安い酒でも奢らせてくれ」
そう言い残し忍は再び注意を逸らすために前に戻った。
「んー……そこは高い酒が良かったんだけどなぁ。参ったねぇ」
バクバクと食べ続ける暴食の右腕を見ながらクスタファはそんなふうにボヤいていた。
「──おっと。んなもん当たるかってんだバーカ」
戻るやいなや、すぐに忍をはたき落とそうと右手が振られるがそんなものに当たる忍ではない。
それから数分、忍はひたすらに避け待ち続けた。
(もうそろそろいい気もするが──)
そして遂に、その時は訪れた。
突然ヘカトンケイルが呻き声を上げ、今までにないくらいに暴れ始めた。
同時に後ろの方でミラの声が響いた。
「クスタファ!ボコボコしなくなったよ!」
「でかしたミラちゃん、後は一気に幕引きと行こうかァ!! 忍くん!」
二人の声は勿論忍にも届いている。
どうやら核と思われる腕を破壊したみたいだ。
「わかってる! ここを逃せばもう無理だ! 全員、最大火力でぶちかませッ!」
忍は天高く上昇。剣を抜き空中に刺すようにして大規模な三重魔法を展開。それらは溜めが必要なのか、魔法陣の全ての文字は光っていない。一秒かそれに満たない時間で、幾つかの文字が光り始める。
「ミラ頑張るー! いっくよー!」
ミラは相変わらず物理攻撃なようだが、溜めに入ると同時に拳には赤いオーラが発現している。今までのそれとは明らかに違う。
「ちょいと疲れるけど……そうも言ってられないよねェ」
クスタファは脇差の切っ先をヘカトンケイルの腰に向け、短い刀身に風を纏わせる。
それは徐々に大きくなっていき、脇差を持つクスタファ本人ですら気を抜けば吹き飛ばされそうになるほどだった。
しかし、それらを易々と受けてくれるヘカトンケイルでもない。
何かを感じとったのか、全身が淡い輝きを帯びている。
「シノブ、ありゃヤベェぞ!!」
カイムはいち早くその危険性を察知し大声で警告を飛ばす。
「んなの言われなくても分かってるよ! あと少し、あと少しなんだ!!」
忍の額にも嫌な汗が滲んでいる。
あれを発動させてしまえば回避はできない。そして恐らく、全ての力を防御に回したとしても死は免れない。
そしてヘカトンケイルの光が一層強く輝きだし、同じタイミングで忍の魔法陣の文字も全てに光が満ちた。
(今だ!)
「──
「ぶっ飛んじゃえ! メガトンパーンチ!!」
「行くよォ、
三者の技とヘカトンケイルの破壊の光は奇しくも全く同じタイミングで放たれた。
それらが触れた時、僅かな間、世界から音は消え全てが光に包まれた。
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