第47話 ヘカトンケイル
「おいおい、またとんでもねぇのが出てきたな。勘弁してくれよ」
「いやぁ参ったねぇ。こりゃ中々手強そうだ」
地中から大地をぶち破り姿を現したのは、高層ビル程の体躯を誇る巨人だった。
紫がかった血色の悪い肌。上半身は人に酷似しているが、獣のような形の下半身。
凶悪な面構えだ。漆黒の瞳は光すら飲み込んでしまうのではと錯覚してしまう程に。
そして何よりも目に入るのは背から伸びている幾多脳でだ。五本、十本などではなく、数えるのも面倒になるような数。
怪物、と呼ぶに相応しい。
「オォ───ォォォォ……」
巨人は久々の地上なのか天に向かって咆哮。それはまるで、この時を待っていたと言いたげなようだった。
(ぐッ、耳が!)
巨体から放たれる音の爆撃は両手で耳を塞いでも鼓膜に負荷をかけ続ける。
ビリビリと大気を揺らすそれは、不可避の攻撃に成り代わっている。もっとも、巨人からすれば攻撃しているつもりなど微塵もないはずだが。
「ぅー……うるさい!!」
忍とクスタファが耳を塞ぎ耐える中、咆哮に苛立ったミラは考え無しに巨体に突っ込んでいく。
軽やかなステップで脚を、胴を伝い顔面へとまっしぐら。
近付けば近づくほど音の振動は激しく鼓膜を揺らす。最早耳を塞いでどうにかなるレベルではない。
それでもミラは止まることなく拳を振り上げる。
「ぅ~~~ッ! うるさいってばぁもう!!」
限界まで力を溜めた小さな拳は巨人の頬を穿ち、ビル程もある巨体が宙に浮いた。
が、バランスを崩しただけに終わり、巨人の眼はギョロリと動きミラを捉えた。
「あ、あれ、怒っちゃった……? えへへ、ごめんねー──」
巨人の肩に乗り、申し訳なさそうに頭を搔く彼女だが、背から伸びる腕が迫っている事に気が付いていない。
「言ってる場合じゃないでしょうよミラちゃん」
クスタファは一瞬でミラの元へと移動し、彼女を抱えると同じように一瞬で忍の隣に戻ってきた。
(速い……)
巨人を警戒しながらも、クスタファの動きを観察していた忍は目を見開いた。
ただの中年ではないのは分かっていたが、それどころではない。
敵に回せば確かに相当厄介な存在になりうる二人だが、それは味方になればこの上なく頼もしい存在だと言うことだ。
「ふぅ、やれやれ危なかったねぇ。油断は禁物だよ〜」
「わはは! ビューンて飛んだねクスタファ!」
確かな強さを持つ二人だが緊張感に欠ける。こんなユルユルな雰囲気であの難敵を倒せるのだろうか。
「調子狂うな……俺は俺でやらせてもらうぜ。起きろカイム」
そんな二人に呆れた忍はカイムを叩き起すと、独り地を蹴り巨人へと立ち向かう。
「んぁ……? なんだよ起こすには早……おおおお!? まじかよ、ありゃあ地獄の門番ヘカトンケイルじゃねぇか!」
驚くと同時にジュルリと、どこから出したのか舌なめずりするような音が響いた。
「ヘカトンケイル? アイツを知ってんのか?」
ヘカトンケイルと言えば元の世界でもゲームなどで度々登場する巨人だ。そこら辺に疎い忍でも名前くらいは聞いた事があった。
「知ってるも何も、オレ様達悪魔にとっちゃ目の上のたんこぶみたいな奴だ。話せば長くなるから話さねぇけど、今までのヤツらと同じに思うじゃねぇぞ。単純な強さで言えば……そうだな、リヴァイアサンよりも上かもしれねぇなァ。……ただその分、血も激ウマに決まってる! ぶち殺してオレ様の血肉にしてやるぜェ……!ケケケ」
関係性は気になる所だが、そんな長話しを聞いている暇はない。
それに強さの目安がわかっただけでもまだマシだ。リヴァイアサンよりも強いのは厄介だが、忍とてその頃よりも力を付けている。
クスタファやミラがいることも加味すればこちらが有利だ。
「そうかよ、ならお前がアイツの飯にならないようにせいぜい祈っとくんだな! まずはあのデカブツの動きを止めるぞ、大瀑布!」
天高く飛び上がりヘカトンケイルを見下せる位置から大量の水をぶちかます。
本来は単体だけでも威力の高い魔法だが、ヘカトンケイルのサイズからすると強めのシャワーでも浴びているような感覚だろう。
ヘカトンケイルは滝のように落ちてくる水が鬱陶しいのか、両腕と背の腕を振り回し暴れている。
破壊力抜群の右腕が忍の当たる寸前、ひらりと身をかわし着地し少し離れた地点で大地に手を当てる。
「
五十メートル四方の大地がトプんと波打ち、その刹那には泥沼へと姿を変えた。
足場を奪われ徐々に沈んでいくヘカトンケイル。沼から出ようともがくほど、無情にも深く沈んでいく。
これほどの巨体全てを飲み込む事はできず、胸まで浸かった所で最深部に足が着いてしまった。
しかし全身にまとわりつく泥沼から出ることは極めて困難。
時間にすればそれ程長くはないが、宣言通りヘカトンケイルの動きを止める事には成功した。
「おら、好きなだけ吸ってこい!」
忍は素早く顔面へとのぼると、右眼に剣を突き立てた。
嫌な感触がした。肉を貫くでも骨を断つ訳でもない。ゼリー状の眼球に剣が呑まれていくような感覚。
「ウッヒョァッ!! いただきまー──ゲロうめぇッ!!!! 卵の黄身を数百倍濃厚にしたような旨み! それでいて癖もない! 旨みが凝縮されすぎてるぜぇこりゃァ……お、俺は今までゲロでも食ってたのか!? そう錯覚する程だ……ヘカトンケイル、てめぇの血は一滴残らずオレ様が吸ってやるぜェェェェェ」
と、カイムは呑気に食レポしているが、ヘカトンケイルは地響きにも似た呻き声を上げ暴れ狂っている。
その度に泥は地上へ飛び散り、徐々に露出している面積が増えていく。
「チッ、思ったよりずっと早いな……時間切れだ。
直ぐに拘束が解けると判断した忍は「あっ、まだ吸ってる!」とグズるカイムを引き抜き跳躍。
そしておまけと言うには強力すぎる大槍を、十分に距離をとった。
ジュッと音をたて顔面の半分を焼滅させた大槍は、それでも足りず触れた大地を焼き付くしやがて霧散した。
「っと……これで終わりか? 随分呆気ないな」
忍の戦い振りを見ていたクスタファとミラは感心したような表情で、
「あらまァ……あの子、思ったよりもずっと強いじゃない。これじゃあ俺の立場もなくなっちゃうなぁ」
「シノブン凄いね! ビャーッ! ドロロ〜! ジューッだって! 怪獣やっつけちゃったよ!」
因みにミラがシノブンと呼ぶのはこれが初めてであり、公認ではない。
クスタファはミラの頭を撫でながらもヘカトンケイルからは目を離さずに、
「いいや、まだだよミラちゃん。寧ろ、ここからが本番サ」
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