第46話 大っきい怪獣
「ちょ、ちょっとタンマ。そんなつもりはなかったんだけど……いやぁ参ったねェ。ミラちゃんもいきなり殴りかかっちゃァダメでしょ。下手したら死んじゃうよ彼」
殺伐とした雰囲気の中、クスタファが両者の間に入り困ったように笑いながらそう言った。
本人は止めているつもりらしいが、どうにも棘がある。
「あの人悪い人だよ。クスタファを殺そうとしてたよ! だからミラが──」
ミラは再び忍に向けて動こうとしたその時だった。
クスタファは彼女の肩に手を置き、
「ミラちゃん、分かってくれないかなァ。彼に死なれると困るんだよね」
今までの飄々とした雰囲気は消え去り、ビリビリと肌を刺す圧を感じさせた。
ミラはそれを聞くとはっと我に返ったのか両手で頭を抑え、
「ご、ごめんなさい! クスタファが危ないと思って」
「わかってくれればいいのさ。でもミラちゃん、それだと俺がいつもゲンコツしてるみたいになっちゃんだけど……?」
威圧感は一瞬で消え去り、再び飄々としたクスタファへ戻った。
(このガキも化け物だけど、おっさんのほうも大概だな。最悪、ここでアレを使うことになるかもしれねぇな……)
懐にしまったある物の感触を確認し、生唾を飲み込む。
戦闘にならないに越した事はないが、コアの欠片を持っている以上それを想定していた方がいい。
話してだめならば、どうしても力ずくで奪う事になるのだから。
それに、忍はクスタファの発言を聞き逃すつもりはなかった。
「おいおっさん、誰が死ぬって? まさか不意打ちすら当てらんねぇガキ相手に、俺が死ぬかもしれないって言ってんのか?」
「嫌だねぇ、自分ではまだ四十のつもりなんだけど、世間様からしたら立派なおっさんだもんねぇ……」
クスタファはおっさんと呼ばれた事の方を気にしているようで、それ以外は耳に入っていないのか触れる事さえしなかった。
「てめぇ……」
「おっと、血の気の多い若者をこれ以上刺激すると後が大変だ。ごめんごめん、ちょいと剣をしまって話そうじゃないの」
ドカッとその場に座ったかと思うと、どこから取り出したのか酒瓶を取り出し「これでも飲んで、サ」と呑気にそう言った。
「……はぁ?」
あまりにも予想外な行動に拍子抜けした忍は、間の抜けた声を上げた。
◇◇◇◇◇
「いやぁ、爺さんに俺以外にも弟子がいるって知った時は驚いたよ。それも俺なんかよりよっぽど優秀そうだしさァ。妬けちゃうねぇどうも」
結論から言うとクスタファは酔っている。どうもこの中年は酔うとよく口が回るようで先程からずっと一人でペラペラペラペラと話していた。
忍はあまり酒が得意ではないので、お猪口に注がれた一杯をちびちびとやっていた。
勿論、敵か味方かよく分からないので酔うまで飲もうとは思っていないし、何かあっても直ぐに動けるように警戒はしている。
が、どうもこの男はピグマリオンの弟子らしく、普通に考えれば味方サイドにいるはずだ。
ミラは未成年という事もあって、酒を飲まずにそこら辺にいた蝶を追いかけて遊んでいた。
「んで、結局お前らはなんでコアの欠片を集めてんだよ」
クスタファの話をぶった切り直球でたずねると、彼はお猪口の酒をぐびっと飲み切り、
「忍くん、あれはねェとんでもない代物さ。俺や君が想像するよりも何倍も……なんていうかねェ、この世に存在しちゃあいけないんだよ。アレは」
酒で顔を赤らめながらもクスタファは真面目な表情でそう言うと、再び酒をついだ。
「君、最近世界中が少し平和になったと思わないかい?」
「平和? まぁ、そりゃ戦争なんて年がら年中やるもんでもないだろ」
この二年間、多少の争いは確かにあったがその規模はたかが知れている。
というよりも忍は使徒でありエザフォースで生まれたわけではないので、そこの所はあまり実感がない。
「じゃあ質問を変えようか。君、最近よく死にかけてない? って言うより今生きてるのが不思議なんだけどねェ」
最近の出来事と言えば、コアの欠片を回収するにあたり何度も死にかけている。
ロードに関しては造作もなかったが、それより前は酷かった。
特に酷かったのは毒沼にいた瘴気の主カダベルと海龍王リヴァイアサンだ。
この二体に関して言えば運が良かっただけで、もう一度やりあって勝てるかと言われれば微妙だ。
「でもそれは俺が欠片を集めてるからってだけだろ? そりゃあわざわざ怪物共が居るところに乗り込めば……」
言いかけてある仮説が頭を過ぎった。
今となっては慣れてしまって疑問すら抱かなかったが、最初の方はずっと考えていた。
何故、こんな所に怪物がいるのか。
ピグマリオンはそれらをどう対処して欠片を置いたのか。
「……気付いたかい? 元々どの場所にも魔物や神獣何てものはいないんだよ。その欠片はアルマのコアだけど、同時にガラティアの怨念が篭ってるんだ。それも、かなり深いのがね」
(ガラティアって確か、ピグマリオンの婚約者だったよな)
「各地に散らばった欠片は人々の負の感情を昂らせてたんだよ。それを回収したから
申し訳なさそうに笑ったクスタファ。
めちゃくちゃな話ではあるが、納得できる部分もある。
そしてタイミングを合わせたかのように、地響きと共に大地が盛り上がり始めた。
「──馬ッ鹿野郎! それなら酒なんて飲んでる場合じゃねぇだろ!?」
大方、何が起こるか理解した忍は慌てて立ち上がりそう怒鳴るもクスタファはヘラヘラと笑い、
「いやほら、飲まなきゃやってられない事もあるんだよ、おっさんにはさ」
そして大地が爆ぜ、二人は空中に投げ飛ばされた。
そんな中でもクスタファは酒瓶を確保し、残り少ない酒を飲もうとしていた。
「わー! なんかおっきい怪獣が出てきたよクスタファ!」
蝶を追いかけて遊んでいて隆起に巻き込まれなかったミラは地中から出てきたそれを見あげ、呑気に笑っていた。
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