第43話 血継魔装


忍が一歩踏み出すと、壁一面にギッシリと詰まった赤眼達がざわめき出し、薄羽で音を立てながら無数の蝙蝠が飛び立つ。


「無駄口叩いてる暇はねぇ、来るぞッ」


蝙蝠達はバサバサと羽ばたきながら忍目掛けて飛び、その距離が十分に詰まったその時だった。

蝙蝠達は一瞬にして混ざり合い、その姿を人型へと変えた。


吸血鬼ヴァンパイアとなったソレは容赦なく真紅の刃を振るう。


「──ッ!」


警戒していた忍はそれに反応し、剣を横にして受け切るとバックステップで一度距離をとる。


血色の悪い青白い肌に紫がかった長髪。

鋭い切れ長の赤眼と、口から少しはみ出した犬歯。

漆黒のマントに身を包む姿はまさしく吸血鬼そのものだ。


ただそれは、額に赤い宝石のついたサークレットさえ着けていなければの話だ。


「シノブ、ありゃあただの吸血鬼じゃねぇゾ」

「ああ、わかってる。ロードだろ? 始祖じゃないだけマシだ」


額のサークレットは王の証。通常の吸血鬼と比べると何倍もの力を持つSランクの魔物だ。

吸血鬼にはその更に上位の存在、始祖がいる。

数百年もの間確認されてはいないが、記述によればロードの比ではないほど絶大な存在らしい。


それを加味すると確かに忍の言う通りまだマシなのかもしれない。

しかし強敵なのに変わりはない。


ロードは距離を詰めることなく忍に目をやり、


「下等な種族にしては中々のものだな。だが所詮は人間……私に勝てる道理はない。相手をするのも面倒だ、自害しろ人間」


己の力に絶大な信頼を寄せているのか、傲慢にもそう言い放った。

上位の魔物は高い知能があり、人語を話す事も珍しくはない。

と、言うよりも元々は彼らの言葉だった可能性もある。どちらが先かは鶏と卵の謎を解くようなもので歴史を辿ったとしても解明することはないだろう。


吸血鬼という種族は数こそ少ないものの、戦闘能力と知能はかなり高い。人間のソレと比較するのね遥かに凌駕している。ロードともなれば尚更だ。


「戦闘中にペラペラうるせぇな。お前の頼みを聞いてやる筋合いは」

「頼みではない、命令だ。素直に聞かなかったことを後悔するといい──真血ノ十字架ブラッディクロス


言いかけた所でロードは一瞬にして二回剣を振るう。

剣筋からをなぞるように放たれた赤黒い斬撃が十字の形で忍に迫る。


しかし、忍は剣を突き出すと余裕たっぷりの笑みを浮かべ、


「お、一個ストック空いてたから丁度いいや」


切っ先に触れた斬撃は、弾かれるでも霧散するでもなく切っ先に吸収され、剣の腹が脈打つように赤く光る。


「吸収した……? 妙な剣だな」


ロードはそれを見ると少し目を見開いて呟いた。

全力という訳ではないが、自身の攻撃が吸収されたのだ。それも下等な種族と罵った相手に。驚くのも当然だった。


その直後、


「ぶォエッ!! げ、ゲロを煮詰めたみてぇ味! マズイなんて言葉じゃ足りねぇ!! だから嫌なんだよマナが混ざった血は!! てめぇシノブ今のかわせただろうが、なんてもん飲ませてやがる!」


嗚咽混じりにギャーギャーと空気の読めないカイムが騒ぎ出した。味が気に入らなかったらしい。

忍はあえてカイムを無視し、


吸血鬼ヴァンパイアの魔法の属性は血だろ? コイツは血盟剣っつってな血を吸うんだ。だからお前の魔法は一切効かないぜ?」


そう、忍の言う通り吸血鬼ヴァンパイアの使う魔法は全て血属性だ。それは通常種もロードも変わりはない。

特殊な属性なので本来は対処しがたいものだが、今回ばかりはロードにとって相性は最悪だ。


しかし、したり顔で剣をコンコンとつつく忍をロードは鼻で笑い、


「わざわざ能力を開示するとは……愚かだな。ならば純粋な力で──なんだ、それは……?」

「さて、なんでしょうか」


不敵な笑みを浮かべた忍が持つ剣は禍々しい赤黒いオーラを纏った。それはまるで先程ロードが放った魔法がそのまま剣に宿っているようだった。


そして忍はロードと同じように、二度剣を振るい──


真血ノ十字架ブラッディクロス、だっけ?」

「なにッ!!」


忍の剣から赤黒い斬撃が放たれる。

ロードの放ったものと全く同じものだ。

あまりに予想外な攻撃にロードは一瞬判断が遅れ、回避はしたものの斬撃は右腕をかすめた。


ボタボタと血が滴り浅くない傷を残した。


「どうだ? 自分の技をくらった気分は。安心しろよ、こんな雑魚い血はこっちから願い下げだ」


ケタケタと笑いながらロードに対し必要な以上に煽り散らかす。

それがプライドの高いロードの逆鱗に触れたのか、彼の額には血管が浮き出るほどだ。


「下等種族が……楽には死なせんぞ人間」

「ほーん。まだ実力差がわかんねぇのかよ、全く呆れるぜ」


激怒したロードを他所に余裕そうに頭をポリポリとかき、


「行くぜカイム」

「おうよ、ゲテモノは料理してなんぼだからな!」


ドクン、と一層強く剣が脈打ち赤黒いはオーラは徐々に蒼に色を変え剣を包んだ。

同時に柄から数本の血管のような管が忍の右腕にさしこまれ大きく膨らんでは縮みを繰り返しす。剣から血を送っているのだ。


更に右腕全体を黒い籠手が包み込み、淡く光る蒼色の脈を打ち続けている。


「がはっ……あー、やっぱ嫌いだわこれ」


次の瞬間、忍は吐血した。体内に送った血液の拒絶反応によるものだ。

治癒魔法をかけ中和すると、律儀に待っていたロードに切っ先を向けた。


「──血継魔装、モード・海龍王リヴァイアサン。これ、燃費わりぃんだ。悪いがさっさと終わらせるぜ」

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