第42話 無数の目


行き止まりさえなく、どれだけ歩いても変化のない通路。

大量の石人形の中で一体だけヒビの入った仮面の石人形。

余程阿呆でもなければ自分が同じ所を歩かされていると勘づくだろう。


それから手がかりを探すべく更に小一時間程周囲をよく観察しながら歩いてみたが、これと言って収穫はなかった。


(いつからだ。いつから俺は罠にはめられてたんだ……?)


立ち止まりアロラ遺跡に来てからの事を思い返してみる。


遺跡に来る前におかしな点は確実にないし、内部に踏み込んでからも思い当たる節はない。

魔物一匹いない静寂に包まれたこの遺跡に居るのは忍とカイム、それから石人形達だけだ。


他には誰もいない、何者かによる妨害とは考えにくい。


「大悪魔であるこのオレ様がアドバイスしてやろうかァ? もしかしたらの話だけどよォ、この遺跡の根本から考え直した方がいいんじゃねぇか?」

「駄剣の分際で偉そうに……」


上から目線のカイムにため息をつくもどこか心当たりがあったのかニヤリと笑い、


「でもまぁ確かに、それしかねぇよな」

「オレ様に感謝しろよ? んじゃぁ俺は寝るから飯時になったら起こしてくれよ」


くあっと欠伸をしたかのような声を出すと、それ以降カイムが声を上げることはなかった。


ひんやりと冷気を醸し出す廊下にポツンと佇み、忍は脳をフル回転させていた。


(そうだ、魔法に慣れすぎて気付かなかったけど……異変なら最初からあったじゃないか。一つだけ特大サイズの異変がよ)


「あとはそれをどう打開するかだ。セオリー通り攻めるなら……」


カツカツと足音を響かせ仮面にヒビがはいった石人形に向かって歩き、


「頼むからこれ以上手間かけさせてくれるなよ?」


仮面に手をかざすと衝撃波のようなものが放たれた。

石製の仮面は小気味の良い音を響かせ砕け散った。

爆発音はすぐに壁に吸収され木霊することなく、砕けた破片がカラカラと転がった。


(駄目か。そんな単純じゃ……)


諦めかけたその時だった。

ぐにゃりと視界か歪んだかと思うとすぐに元に戻った。

そして破壊した石人形のあった場所には、地下へと続く階段が姿を現した。


「いや、正解だったみたいだな」


一先ず現状の打破に成功した忍はホッとすると共に、気を引き締めなおした。


(一見幻術系の単純な魔法に見えて実際はまた少し違う。視覚だけじゃない……触覚にも作用してたな。一種の催眠状態にあったのか……? 恐らくこの遺跡が造られた時からのものだろうな。何百年と作用する魔法か……こりゃ一筋縄でいきそうにないな)


二年前、シュメルと自身にかけたように幻術魔法の類は視覚のみに作用する。

触覚などにも作用するのは極めて高度な魔法であり、それが何百年という年月が経っても正常に作動するとなると術者は尋常ではない。


余程護りたい物があるのか、それともただの用心か。どちらにせよ、進まなければそれも分からない。

忍は何があっても対処できるよう、警戒しながら階段を降りた。


◇◇◇◇◇


「……結局あれ以降大した仕掛けもなかったな」


あれから遺跡内部には多少面倒な仕掛けはあったものの、そのどれも攻略するのにあまり時間は取られなかった。


今忍がいるのは一面に絵が彫られた壁画の部屋だ。

そしてその奥には巨大な扉。

恐らくここが最後の部屋であり、この先にコアがあるはずだ。


(それにしても変な壁画だな。なんか意味があるんだろうけど、見たとこサッパリだ)


右の壁画は手足が細長い人間が大量に描かれており、その視線の先には仮面を着けた一際大きな人間が太陽に向かって槍を構えている。

石人形と何か関係がありそうだが、何故太陽に槍を構えているのかがわからない。


左の壁画は恐らく獣人と人間が争い、その上には黒い雲が広がっている。

アロラ遺跡が出来た当時から獣人は虐げられていたのだろうか。


天井には大きな鳥のようなものが描かれているだけだった。


少しの間考えてみたが、まるで分かりそうにないので考えることをやめた。


「やめた。こんな事しに来た訳じゃない。さっさとコアを回収するか」


目の前にある扉は石で出来ている。軽く開けてみて駄目そうなら破壊しようと思っていたが、案外すんなりと開いてくれた。

どうやら床や壁とは別の石を使っているみたいだ。


扉の先は部屋、と言うよりは空間と言った方がいいのかもしれない。

何もなく冷気だけが漂う薄暗い空間だ。よく見れば壁には等間隔に出っ張りがある。燭台だろうか。


「さてと、怪物退治といきますか。起きろ駄剣、出番だぞ」


忍は剣を担ぎ、暗闇を睨みつける。

何もいないはずのこの空間で嫌でも感じ取っていたのだ。


ねっとりとへばりつくような多くの視線。

鋭く研ぎ澄まされた刃にも似た殺気。


「あー……こいつぁダメだ。やる気になれねェ」

「チッ、お前のやる気なんか知るか!」


ダルそうに返事をしたカイムに舌打ちをしたその時だった。

ボっと燃えるような音共に、燭台には蒼い火が順に灯り始める。


蒼炎によって部屋が照らされると、奥の壁にはビッシリと無数の赤い眼がこちらを見ていた。


「シノブ、お前にゃわからんかもしれんけど──吸血鬼ヴァンパイアの血って不味いんだぜ?」

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