第36話 スペシャルツアー
「廃棄の森へ送っただと……?」
イリオスの最大戦力とも言える三人を送るとなると目的は明白。
ピグマリオンとセロスの拘束、もしくは殺害だ。
しかし、何故今になってわざわざあの二人に手を出す必要があるのだろうか。
放置していても得もないが害もない。無駄に戦力を減らすリスクを考えると、愚策としか言いようがない。
(俺が二人と繋がってる事をなんでコイツが知ってるんだ? いや、二人が森に住んでいる事がどこかで発覚したと仮定すれば説明はつく……二年越しに腕が生えてりゃそこに繋げるのは当然っちゃ当然か)
「そうだ。貴様の師は亡国の宮廷魔導師、ピグマリオンだろう? 今頃奴は……何がおかしい使徒よ」
言いかけた所で忍が笑っている事に気が付いたシュメルは、キッと睨みつけた。
それしか出来ないのだ。まともに動かせるのは口と目と、体の末端である指のみ。
剣を握る事はおろか、立ち上がる事さえもできない。
そんな相手が睨んだからと言って怯む忍ではない。寧ろ笑っていた。
「いやさ、玲瓏騎士と戦った俺だから言えるけど、ピグマリオンが負けるとは思えなくてね。お前ん所の宮廷魔導師と違ってあの人に油断なんてない。それに、もう一人、口の悪い凄腕剣士もいるでな。ありねぇんだよ、あの二人が負けるなんざ」
そう思うのは当然だった。忍はこれまでに四位、五位、六位、七位、八位と玲瓏騎士の半数を撃破している。
弱かったかと言われれば、微妙な所ではあるが全員から危なげのない勝利を手にした。
例え上位の三名の強さが別次元だったとしても、それはピグマリオンとセロスとて同じ事。
戦闘力に関して言えばあの二人は充分に人外の域に達している。
その上マルクスのように敵を甘く見ることもない。
何をどう考えても二人が負ける未来は想像が出来なかった。
「大層な信頼だ。まぁよい、あの世で貴様の絶望を見届けるとしよう。使徒よ、貴様も我が兵から逃げおおせると思わぬことだな。イリオスの兵は地の果てまで追い続けるぞ」
同様にシュメルも三名の騎士に絶対の信頼を置いているらしい。
「はっ、雑魚がいくら来ようが返り討ちにしてや……なんだ?」
言いかけた所で背後から、つまりは屋上へと繋がる階段から微かだが足音が響いた。
多くはない。一人か、せいぜい二人だろう。
雑兵なら造作もないが、名のある騎士だと時間がかかる可能性もある。
(めんどくせぇな)
シュメルを離すと忍は姿を現したと同時に殺せる様に剣を構えた。
徐々に近付いてくる足音は一つだった。相手は一人。
そしてその姿が見えた瞬間、地を蹴りつけ刃を振るおうとした。
が、直前でピタリと止まり刃が何かを斬る事はなかった。
「──ケイト!? お前、なんでここに……」
階段を上って姿を現したのは見覚えのある灰色の毛並みの獣人、ケイトだった。
ユキの亡骸を託し、逃げろと伝えていたはずだが彼は何故戻ってきたのだろう。
それもかなり血塗れで。まず間違いなくいくつかの戦闘を越えてきている。
「驚く前にその物騒な物を下げてくれ」
ケイトは眼前にある剣を指さすと、ため息混じりに言った。
忍は「あ、ああ悪い」と言いながら剣を下げるも、不思議そうな顔をしている。
ユキの救出が失敗した以上、ケイトはイリオスにいる理由がない。
「説明している暇はない。すぐに増援部隊が来るぞ! 宿願を果たすなら、急いだ方がいい」
「増援か……わかったよ。丁度飽きてきた所だ。それに、お前のおかげでいい事を思いついたよ」
「……?」
忍は悪い顔をして歪んだ笑みを浮かべ、再びシュメルの元へと足を運んだ。
そして顔面を鷲掴み、
「安心しろよ。
「なにを、言っている……?」
ほんの一瞬、眩い輝きを放ったがシュメルはなんの痛みも感じなかった。
「んま、こんなもんだろ。あ、自分じゃ分かんねぇかお前」
そう言うとシュメルの前に鏡の代わりに氷の板を創った。本物の鏡と比べると反射は朧気ではあるが、自身の姿をぼんやりと見るならこれで事足りる。
半強制的に自分自身を見させられたシュメルは目を見開き、言葉を失った。
「幻影魔法ミラージュ。これ覚えるのに苦労したんだぜ? どう? 俺になった気分は。中々イケてるだろ」
ミラージュは対象の姿形を任意の物へと錯覚させる幻影魔法だ。
ただあくまでも視覚的な情報だけなので、あまりに違いすぎると触れればバレてしまう。
が、歳の差はあれど同じ人間同士。余程の疑いを持って触らなければ分かりようがない。
そして忍は自信にも同様の魔法をかけると、シュメルの姿へと変化した。
「はじめまして片野忍くん! 国王でーす」
軽やかなステップを踏み、満面の笑みでダブルピースする老王は違和感しかない。
そしてそれを見上げる忍の姿をしたシュメルの表情は、憤怒に満ちていた。
それに忍がこれから何をするか、検討がついたようだ。
「貴様、まさか──」
「おしゃべりタイム終了ー! 俺……あ、我だっけ? ぶは、我ってなんだよ特殊すぎるだろ一人称」
真似る気のない物真似をして忍は一人でケタケタと嗤らっていた。
シュメルにかけていた治癒を打ち切ると、彼は再び全身の自由を奪われ、それ以上話す事ができなくなった。
「性格の悪さが滲み出た中々いいアイデアだな」
ケイトも次の行動を察してニヤリと笑う。
「だろ? さて、そろそろ増援様の到着か?」
ドタドタと近付いてくる足音が鼓膜を揺らすと忍は動けないシュメルを引きずり扉の前に立った。
自分を引きずりのって気分悪いな、等と呟いていたが存外楽しそな顔をしている。
シュメルは恨みの籠った目で必死に訴えるも、残念ながら視線が交差する事すらなかった。
やがて階段の下の方に増援部隊の姿が見えると、
「んじゃぁ……お一人様地獄へのスペシャルツアーご招待!! 存分に後悔して逝っちまいな」
「~~ッ!!!!」
言いながら自分の姿をしたシュメルを蹴り飛ばすと、面白い位に加速しながらゴロゴロと階段を転がっていった。
「な、なんだコイツ!? 上から転がってきたぞ!」
増援部隊の所まで転がると、兵達は困惑しながらも一斉に剣を抜きシュメルを取り囲んだ。
忍はそれを見て咳払いをし喉を整えると、
「そやつが反逆者だ。イリオスの威信にかけ串刺しにしろ!」
シュメルを真似て低くしゃがれた声で叫び、イリオス兵に国王の処刑を命じた。
「!? へ、陛下の御下命だ!全員、即刻こいつを殺せぇッ!」
「うぉぉぉ!!」
隊長らしき兵の掛け声と共に、主君に向けて無数の刃を振り下ろした。
その瞬間、忍は再びシュメルに微弱なハイヒールを掛けた。
「貴様ぁぁああぁぁぁぁッ!!!!!」
それが国王シュメルの最後の言葉となった。
首を、胴を、胸を、身体の至る所に冷たい刃が侵入し、体外に血液を噴射させた。
「ざまぁみやがれ」
シュメルの姿をしたまま、忍はニヒルな笑み浮かべ吐き捨てるようにそう言った。
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