第34話 孤軍奮闘
茜色の空の下、激しい金属音と火花が散る。
四方八方から襲い来る刃と、隙あらば脳天を貫かんとする矢を弾きながら忍は耐え抜いていた。
一対一ならば苦戦する事もないだろう。
しかし広場の時のような奇襲でもなく、全員が忍を待ち構えている状態だ。
それに加え玲瓏騎士が三人。そう易々と突破出来るほど戦線は甘くない。
だがそれらの戦力を相手に一人で均衡を保っている忍は尋常ではなかった。
(雑魚がそれなりの実力派だと厄介だな。それに玲瓏騎士三人の連携がくそめんどくせぇ! 連戦での消耗が響いてんな……)
「どうした使徒、この程度か?」
「おでが叩き潰すんだどォ!」
「抜かせ、私が射抜く」
ヘンリーが斬りかかり、カロリがハンマーの大振りで回避先を極端に減らし、黒布が矢を放つ。
それだけならまだしも、兵卒の攻撃も加われば対処するのは容易くはない。
しかし、心の隅に違和感を覚えていた。
この屋上は最終地点であり、これより先に逃げ道はない。
それなのに何故、この三人なのだろうか。
序列三から上の騎士ではなく、下位の玲瓏騎士をチョイスした意味がわからなかった。
「──くッ、今は余計なこと考えてる場合じゃねぇな。まずは一人、確実に殺す」
バックステップで一度距離をとるが、黒布の放つ矢は正確無比。確実に急所を射抜こうとしている。
だがその分狙いが分かりやすく、下手に乱射されるよりはマシだった。
が、放たれた矢の速度は先程の数倍だった。
(速いッ!)
「ぐッ……クソ野郎が」
ギリギリ回避したものの、頬を掠め耳の一部が削がれた。黒布をキッと睨みつける。
「魔法が使えないと言った覚えはないがな」
弓を引く姿を見ると、矢はシュルシュルと音を立てて風を纏っている。
速度、威力ともに数段上がっているのは間違いない。
「チッ……まずはてめぇからだ。
忍の後ろには無数の炎球が現れる。大きさは拳程だが、ナクア戦で使った火炎ノ弾幕と比べると温度、威力ともに桁違いだ。
その分火炎ノ大槍程ではないが、それなりにマナを消費する。連発は避けたいところだ。
それを見たヘンリーはいち早く危険を察知し叫んだ。
「マズイ! 全員防御態勢をとれ! 氷壁よ、我が盾となり刃を退けよ──
忍と兵士達の間に瞬時に現れた分厚い氷の壁。
初級の氷壁と比べると硬度も大きさも桁違いだ。しかし、所詮は中級魔法。
その後ろで兵達は盾を突き出し防御態勢を取った。
「はっ、そんなんで防げると思うなよ」
超高温の無数の炎弾は氷晶大壁に激突すると、激しい音と共に大量の蒸気をあげ亀裂を入れた。
「なに!? 私の魔法が──!」
そしてその亀裂に向けて集中砲火すると、氷晶大壁はいとも簡単に砕け散り、残った数十の弾幕は敵に向かって襲いかかる。
「ぐああああ!」
「アツ! 水、水!!」
「ぎゃぁぁぁ!!」
狙いを定めてもいない弾幕は無差別に兵士を焼き尽くしていく。
玲瓏騎士の三人は上手く弾き、直撃は免れた。
が、辺りは今も尚水蒸気により視界が妨害されている。
敵の数を減らし、致命傷になりうる火力の魔法で注意を逸らす。これが忍の狙いだった。
一瞬の隙をついて黒布の背後に回り込み、
「まずは一人」
「が……!」
確実に命を刈り取る為、後頭部を一突き。
脱力し、重力を利用した加速で次の標的であるヘンリーの懐に入り込み一気に腕を振り上げる。焔ノ型一式の断空だ。
「くッ!!」
しかし、ヘンリーは既のところで反応し剣を叩き付ける様にして防御。
鈍い音が響いた。それに違和感を覚えたヘンリーはあることに気がついた。
「な、鞘だとっ!?」
「二人目」
右手の鞘の振り上げによりヘンリーの剣を封じ、左手の刃で喉元を貫いた。
噴き出した血液が全身を濡らしたが、そんな事を気にしている場合ではない。
玲瓏騎士もあと一人だ。勝機は充分にある。
だが水蒸気も晴れてしまった今焦りは禁物だ。
「ぬおおヘンリー! ベルクス! お前は許さないど! おでの仲間をよぐもォ!」
ベルクス、と言うのは恐らく黒布の弓使いの事だろう。二人の死を前に激高したカロリはハンマーを振り回しながら猛進。
忍に回避する素振りはなく、白いオーラを剣に纏わせた。同時に風魔法を刃に付与に斬れ味を極限までに高め、
「心配すんな、すぐにあの世で再会できる」
「死ねええええ!!」
そしてカロリのハンマーに合わせ、上段の構えから一気に振り下ろす。
シュン、と一陣の風と共に鋼鉄製のハンマーと醜く肥えた肉体は一刀の元に両断された。
「な、すぐだったろ」
玲瓏騎士の三名は忍たった一人に敗北した。
残るは数名の兵と、怨敵シュメルのみとなった。
「お、王をお守りしろ! 」
動ける兵士は六名程。全員がシュメルの前で剣を構え守護陣形を展開するも、
「不甲斐ないものだ。このような弱者が我が国の兵とは……」
「な、にを──ぐはッ」
兵士達は内側から崩れ落ちた。
シュメルが剣を抜き、自らの手で兵士を斬り捨てたのだ。
「我が兵に弱卒は要らぬ」
剣に付着した血を払い納刀。そして無防備にも死体を踏み、忍の元へと歩いていく。
「自分で味方を斬るなんて馬鹿な事したな。死ぬ覚悟が出来たって事でいいのか?」
長い髭を擦りながら虚空を見つめ、シュメルは手を差し出した。
「元より死など恐れてはおらぬ。使徒よ、我が国でその力を奮う気はないか? 金も地位も貴様の望むものをすべて与えよう」
この期に及んでこんな言葉を投げられるとは想定していなかった。
歯を食いしばり、怒りに震えた。
剣を握る手から血が滲んでいる。
屈辱だった。シュメルはあの時の事も、そして今までにあった騒動の事も何一つ気にも止めていなかったのだ。
二年もの間燻らせていた激情は、シュメルにとってはなんて事のない日常の範疇だったのだ。
そうでなければ、あんな言葉が出るはずがない。
「……言いたいことはそれだけか。俺が欲しいのはお前の首ただ一つだよ!!!」
血に塗れた刃の切っ先を向け、叫んだ。
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