第33話 鬼ごっこ
頭から爪先まで、余すとこなく電流が走ったかのように感じた。
「あは、やっべぇなこれ。復讐っていいもんだなァ」
二年越しに果たした思いは脳内麻薬を分泌させ、忍はある種の快感を覚えた。
そんな忍をおいて、ティシフォーネを撃破したガイズは驚愕のあまり目を見開いた。
「ま、マルクス! 馬鹿な、死んでるのか……!?」
ガイズは目の前の光景が信じられなかった。
マルクス・レイザースと言えばイリオスで最強の魔導師だ。それは自国の民は勿論、他国でさえも知っている常識だ。
それなのにどうして彼の額に穴が空いているのだろう。
死闘を繰り広げた訳ではないのはすぐに分かった。
何かが砕けた残骸こそあるものの、それ以外はなんの変化もない。
つまり、宮廷魔導師が一方的にやられたと言うことだ。
そんな事があるのか? そんな疑問が脳裏を過ぎるが、目の前の光景は疑いようのない現実だ。
「お前がもう少し静かに来たら死んでなかったかもな。で、お前誰? 見たところ玲瓏騎士でもないようだけど」
玲瓏騎士は金色を基調とした甲冑だが、彼は白銀だ。
下っ端ではないのは明らかだが、また別の組織なのだろうか。
「近衛兵長ガイズだ。覚悟しろ、肉塊になるまで叩き潰してやるぞクソガキが」
「近衛兵長ねぇ……次から次へとワラワラめんどくせぇな。ティシフォーネに苦戦してる奴が俺に勝てるとも思えないけど。まぁいいや、口で言っても分からなそうだしかかってこいよ」
挑発的に切っ先を向けるとガイズは憤慨し、大剣を振り回し、巨体に似合わぬ速度で突っ込んできた。
「おらァ!!」
力任せの横薙ぎを優雅にバク宙の要領で回避。
ガイズは更に深く踏み込み、真上からの振り下ろし。
しかし、これもひらりと躱し余裕の表情。
(思ったよりも速いけど、セロスと比べるとお粗末なもんだな)
大剣という武器に関して言えば、忍は他のどの武器よりも対戦経験がある。
二年の間で何十何百と、大剣のエキスパートであるセロスと打ち合ってきたのだ。
ガイズが弱い訳では決してない。
ティシフォーネ戦で重傷を負い、体力もほとんどを消費している。万全の状態なら忍と言えどここまでの余裕はなかったかもしれない。
それから忍は反撃することなく、ただひたすらに躱し続けていた。
どの剣戟も掠める事すらなく、ガイズは体力だけを消費していく。
「なぜ剣を振らない! 馬鹿にしてるのか!」
攻撃する意志がない忍にガイズは怒り狂い、再び大剣を振るう。
が、感情に任せた大振りなど当たるわけもない。
「だってお前、ほっといても死ぬだろ? 馬鹿だよなぁ、こっちこないで誰かに治癒してもらえばいいのに」
そう、ガイズは既に血を流しすぎている。
全身の裂傷と肩空いた穴からは絶えず血が流れている。
屈強なガイズと言えど、血を失えば失血死するのは当然だ。
「きさ……まァ……!」
「わざわざトドメを刺してやる義理も、これ以上お前に割いてやる時間もねぇんだ。そこで大人しくしとけよ雑魚兵長さんよ」
「お前も道連れだ!!」
小馬鹿にするような態度に激怒したガイズは策もなしに剣を振るう。
紙一重でそれを躱し、足払いで転倒させる。
「
「ぐおッ! な、なんだこれは!? 身動きが……!」
転倒し、中腰になったガイズを中心に四つの刃が床に深く突き刺さる。
それぞれが光の線で腹部を貫き、動きを固定。
殺傷能力はない。敵を拘束する為の擬似結果だ。
「よしよし、いい感じだな。後はコイツの首をっと」
しっかりと拘束されたのを確認した忍は、マルクスの亡骸の首を刎ね、燃えて短くなった髪を掴んだ。
再びガイズに向き直り、しゃがんで目線を合わせるとニッコリと笑い、
「んじゃ、そこでゆっくり短い余生を楽しめよ〜」
「おい待て! これを外せ! くそぉおおぉぉおおお!!」
必死の形相で叫ぶガイズを他所に、カツカツと勝利の足音を響かせ血に汚れた王の間を後にした。
「あー気持ちいい。快感だなこりゃ」
ゾクゾクと内から湧き上がる快感に身震いし、自然と口角は上がっていた。
シュメルの行方は分からないが、ルンルン気分で生首を振り回しながら忍は更に上階を目指した。
◇◇◇◇◇
「んー、ここも違うな。この城広すぎじゃ……おっと」
「かッ──」
あれから約30分が経過していたが、未だシュメルの影さえ見れずにいた。
背後から急襲した刃を躱し、忍の剣が兵士の顎を穿ち脳天を貫く。
今までに何人殺したのか最早わからないが、少なく見積っても百は超えているだろう。
そしてこの騒動も確実に各所に伝わっているはずで、時間をかければかける程に増援は増えていく
「あん時無理にでも殺しとくべきだったか? いやそれじゃあ面白くないよな。せっかくの機会だし、じっくりと絶望を味わって貰わないと……うわ、まだ上があんのかよ」
視界の先には再び階段。
そろそろ最上階に辿り着いたと思っていたが、どうもそうではないらしい。
軽く溜息をつきながら仕方なく階段を上り始める。
先程までマルクスの生首からは血が垂れていたが、既にそれもなく切り口の血は乾燥しどす黒く変色していた。
そして階段を上り切ると、見慣れた廊下ではなく大きな扉が姿を現した。
普通に考えればこれが最終地点であり、シュメルが上へ上へと逃げ続けているのならば、この扉の先にいるはずだ。
「あんまり時間を掛けると面倒だし、そろそろ鬼ごっこも飽きてきた」
そしてゆっくりと扉を開くと──
眼前には一本の矢が迫っていた。
「ちッ──!!」
咄嗟にマルクスの生首を盾にそれを防ぐ。
矢は眼球を貫通し、後頭部から少し顔を出すとそこでピタリと止まった。
垂れる血液がない代わりに、貫かれた眼球がそこらに飛び散った。
「ったく……ゾロゾロと。待ってましたってか」
どうやらここは屋上らしい。
ティシフォーネが消えたおかげで闇は払われ、沈みかけた太陽が辺りを茜色に染めていた。
屋上とはいえ、かなりの広さがあり翼の生えた蛇が刺繍された旗が揺らめいている。
そして忍を待ち受けていたのは数十からなる騎士団と、三人の玲瓏騎士。
その最奥にはシュメルの姿があり、この状況を読んでいたのかほくそ笑んでいる。
「やはり、来たか使徒。
「はっ、随分とコイツは信頼のねぇ宮廷魔導師だったらしいな」
生首を放り投げ、剣を構える。
すると同様に騎士たちも一斉に剣を抜くと、整った顔立ちの玲瓏騎士が一歩前に出て、
「玲瓏騎士序列第五位ヘンリーだ。お前に恨みはないが、ここで消えてもらうぞ使徒」
それに倣ったのか、もう隣の小太りの玲瓏騎士も名乗りを上げた。
彼の獲物は剣ではなく、身の丈を超える巨大なハンマーだ。一撃でもまともにくらえば骨折程度では済まないだろう。
「序列第六位カロリだど。おめぇを殺せばたんまり飯食えるんだど!」
醜く膨れた腹をパンパン叩き、ヨダレを垂らしながら言うカロリの前に立つ三人目の玲瓏騎士。
黒い布で顔面を隠していて人相が分からない。
「序列第八位──がふッ」
ご丁寧に自己紹介しようとしたが、隙だらけな相手に一々待ってやる義理もないと即座に距離を詰め後ろ回し蹴りを放つ。
横っ腹に踵がめり込むと、三人目は耐えきれず吹っ飛んだ。
忍はニヤリと笑いながら、クイクイと指を折り挑発し、
「長ぇ。てめぇらが誰だろうが興味ねぇよ。うだうだ言ってねぇでかかってこいよ」
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